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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:日常生活
今年はコロナに始まりコロナに終わった感があるが、それでもいつものように年末になった。

昨日はダウンジャケットもフリも―スも要らない暖かさで、庭の掃除中になんと蚊に刺された。

年末に外で蚊に刺されたというのは経験が無い。

年末寒波という予想があるが、温暖化はこれからも進む一方のようで空恐ろしい。





家の掃除は一昨日までに済ませた。

ソファやテーブルを和室に押し込めて、ワックスがけ。
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ワックス終了後は、テーブルの下を鬼滅の刃風に。
ただ、取り替えても取り替えても直ぐに猫の爪とぎによりボロボロにされてしまう。
2020-12-30-2_20201230103611ace.jpg

元日は妻の実家に全員集合しての恒例の宴会は中止。

妻と二人で新年の挨拶だけして、そそくさと帰って来る予定。

全く面倒な世の中になったものだと嘆いてもしょうがないけど。



来年もコロナにめげずに仕事は通常勤務。

皆さま、今年もお世話になりました。

よいお年をお迎えください。


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DATE: CATEGORY:日常生活
年に数回、某国家資格の試験監督のバイトをしている。

今年の前半はコロナ禍ということで試験が中止になっており「面倒が無くていいや」と思っていたが、秋頃からはお呼びがかかるようになった。


この背景には、受験料で食っている主催団体に収入が無くなり倒産の危機に陥ったことと、仕事に資格が必要な受験者からの強い要望があったと聞いた。


しかし、本業でもないこんなバイトのために、見知らぬ大勢の人の集まる所へ行き、コロナ感染のリスクを冒すのはバカバカしい話。

そう思う人が多いらしく、試験監督のバイトも集まらないらしい。

おまけに会場となる大学も貸してくれなくなったとの事。

「県内の全大学に電話をかけて、ようやく一つだけ貸しくれる大学が見つかったが、大きな部屋に大人数入れるわけにもいかず試験官も不足しているし高齢者に頼むわけにはいかないので、人助けと思って是非来て欲しい。」

こんな風に口説かれた。

試験官不足は当然に理解できるが、会場となる大学の確保の話はなんだか怪しい。

確かに会場はいつもの大学とは異なるが、辺ぴな山の中にある知らない大学ではなく、駅にも近くて至便な横浜市内の大学である。



あまり気は進まないものの、結局バイトを引き受けた。

さすがに教室は小ぶりで定員は60人ぐらいのところに半分弱しか人は入れていない。

私の補助には、可愛らしいこの大学の女子大生が付いた。

この補助にはバイトの大学生が付くことが割合多いが、主婦や普段は何をしている人かと思うような小汚いおじさんの場合もあった。




その日の私の教室の入室第1号は、ロングヘア―でミニスカートのスリムな長身の女性であった。

教室に黙って入ってくる人が大半だが、この女性は「よろしくお願いします」と明るく挨拶をして入ってきたので、その容姿もあって印象に残った。


さて、時間が来て試験開始、その後しばらくして受験票の写真と受験者が一致しているかの照合作業である。

教室を端から順番に回っていると、例のロングヘア―でミニスカートの女性の所で足がハタと止まってしまった。

写真と女性の顔がまるで違っている。

受験票の写真は、頭髪の薄い40代前半位の男性である。

座っている場所か違っているのか、受験票が違っているのか、とも考えたがどちらも間違っていなかった。

とすれば、替え玉受験しかない。




補助の学生バイトによく言うのだが、「不正行為を見つけて嫌な気分になるよりも不正行為をする気を起させないようによく見ていること」と。

率直に言って不正行為を見つけてもトラブルになるだけで面倒なことこの上ない。

さて本部に連絡するか、それともこの女性を教室の外に出して話を聞くか、どうしようかなと固まっていた。

この時、ロングヘア―でミニスカートのこの女性から小声でそっと「私は男です」と声をかけられた。

写真と本人の顔を何度も見比べた。

なるほど、よく見れば女装しているものの写真の人に間違いないない。

ホットするやら、腹が立つやら。




女装がいけないわけではない。

女装して来るなら、受験票の写真も女装して撮影すればよいだけである。



試験が終了して、件の女性ではなく男性は、「ありがとうございました」と、また明るく挨拶をして帰っていった。

しかし、その声は入室の時と異なり野太かった。

補助の女子大生に、あの人が男だと気が付いたかと尋ねると「入ってきて私の前を通った時に、この人絶対おかしいと思いました」と答えた。

私の眼は節穴だということか。




この話を友人にしたところ、「俺ならかつら取れ、と言うけど」と言っていたが、私にそんな勇気はない。

確かに受験上の注意事項に「顔が確認できない時はメガネ、マスクを外してもらいます」とあり、私もこれを受験者に言ってはいたが。



嫌々ながらまた来月もバイトに行く。

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DATE: CATEGORY:日常生活
夏ごろ、まだポケモンゴーに夢中になっていた時期のことである.。

早朝、山下公園で年甲斐もなく、スマホばかり見て歩いていたら、周囲を十数人に取り囲まれた。

あれっと周りをよく見たら、何かの撮影の最中に突入してしまったらしい。

私は、撮影されていた綺麗なお姉さんのすぐ側にいた。

慌てて「すみません」、と言ったところ、「大丈夫です」、とにこやかに答えてくれた。

ただし、周囲のスタッフからは、無言のブーイングの嵐を感じたので速やかに立ち去った。






去年か一昨年か、記憶が定かではないが、朝、トボトボと日本大通り付近を歩いていると、一台のワンボックスカーが止まっていた。

側を通り過ぎようとしたところ、ガラガラとドアが開いて、若い女性が降りてきた。

どかで会ったことがあるような気がして、「おはようございます」と挨拶をしたところ、ニコッと微笑みながら会釈をしてくれた。

この頃、かつて一緒に仕事をした人でも顔を忘れていることが多く、特に若い人に対してその傾向が強いと自覚しているので、危なそうな場合は、だれかれ構わずあいさつしている。

職場に着いて仕事を開始してから随分時間がたったころ、ワンボックスカーを降りてきた女性のことをふと思い出した。

あー、あれは綾瀬はるかだった、と。




こちらは、山下公園での何かの着ぐるみの撮影。

この着ぐるみも見たことがあるよう気もするが、思い出せない。
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こちらは日本大通りの県庁前。

タクシーが止まってるけど何の撮影やら関心も無い。
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ある時テレビのCMを見てビックリ。

毎日、前を通ってる近所の公園が映っていた。

ただ我が家や近所の家、遠くの量販店のビルなどは、きれいに消されていた。

撮影する方も場所の選定でいろいろ苦労しているのかもしれない。




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DATE: CATEGORY:日常生活
同級生に誘われて高校の首都圏同窓会に出るようになって10年ほどになる。

そして4年前からは、一年先輩の女性から頼まれて幹事と役員を引き受けている。

幹事は各学年毎に設置されている連絡係りで約50名程、役員は同窓会全体を担当しており10名ぐらいである。




同窓会総会という全体の集まりは年に一度であるが、他に役員会或いは幹事会という名前の飲み会が年に3、4回ある。

特に役員を始めた直後の年は世代交代の時期にあたったせいか、4月役員会、5月幹事会、6月総会、7月役員反省会、9月幹事会反省会と、毎月のように会合(飲み会)があり、悠々自適組はともかく仕事がある私には大いに閉口した。

「勘弁してくれ」という私の声を聴いてか、その年の9月幹事会反省会において、私を役員に引き込んだ一年先輩の女性が、「たぶんあなたの村の先輩だと思うよ」と、年配のある人と引き合わせてくれた。





その方はEさんといって、昭和6年生まれの方であった。

話をしてみると、成程、村の先輩であるばかりか、実家が同じ集落内で、下の名前が漢字まで一緒であった。

それ以来Eさんと親しくなり、年に数回の幹事会において一緒に酒を飲むこととなったが、昭和6年生まれという年齢を全く感じさせず、眼も耳も言葉もとてもしっかりしたものであり、驚くほど元気であった。

Eさんとわが父は1歳違いであり父の事を知っており、また、父のすぐ下の妹、私から見れば叔母であるが、彼女と同級生であったことから、よく叔母の事が話題となった。

叔母は長く看護婦をしており、子育て期間中も仕事を継続し、定年まで全うしたが、それを「あの時代にたいしたものだ」とよく言っていた。




その叔母が昨年7月に亡くなり私も葬儀に参列した。

昨年9月にあった幹事会の折、Eさんにその旨を告げるとびっくりするほど落胆してしまった。

「叔母には娘が一人しかいませんでしたが、その娘が孫を三人産みました。その三人の孫からひ孫が三人誕生しています。大往生ではないでしょうか」などと言っても、もはや耳に入らないようであった。

立ち上がってもふらふらしていたほどで、周りにいた他の方々からも「Eさんどうしたのですか」と尋ねられ、Eさんは「同級生が亡くなったことを聞いたもので」と答えていた。

あれほど元気であったEさんの突然の変化に、こちらもどうしていいかわからないまま、その時は解散となった。




今年は、コロナ禍により同窓会関係の集まりは一度も開催されていない。

先ごろ、他の役員から「死亡等による名簿からの削除リスト」がメールで送られてきた。

そのリストにEさんの名前があった。





「会津に帰り、集落の周りを歩いて二周して来た」とEさんが言っていたのは、一昨年の事だったか。

集落の昔のこと、Eさんの現役時代の事など聞いておきたいことが沢山あったのに聞かずじまいに終わってしまった。

余計なことを言ってしまったと後悔がある。



謹んでご冥福をお祈りいたします。



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