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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:散歩
妻と花見を兼ねて山手から日本大通りを歩いてきた。

私にとってはいつもの朝のウォーキングコースの一つなので、わざわざ混んでいる時に行かなくてもよいわけであるが、桜を妻にも見てもらいたいと思い、食事がてら出かけた。

まずは雙葉小学校から。
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個人宅のようであるがなんてすごい.
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べーリックホールの白い桜もとてもいいが、天気が今一ではえない。
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L・DK とかいう映画の撮影で使われたらしい。
若い女性が看板見て盛り上がっていたが、私にはどうでもよく関心が湧かない。
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港の見える丘公園。
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山下公園の花桃。
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山下公園の名物枝垂桜。
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気温が低いせいか、こぶしの花の期間が長い。
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海岸教会の桜は、私の知っている範囲では横浜で一番早く咲く。
理由はよくわからないが、ある人は「噴水と関係があるんじゃないか」、という説を言っていた。
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日本大通りは、毎週何かしらイベントをやっている。
今日は、大和市の阿波踊り。
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県庁前では、フクロウを持った人が注目を集めていた。
おとなしくとてもかわいい。
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今日は青空がなくやや肌寒くあったが、桜は気温が低い方が長持ちするので来週も楽しめそう。
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DATE: CATEGORY:季節、気候、天気
今年は軽いと思っていた花粉症も、結局は例年通りの症状となってきた。

とはいえ、ウォーキングは継続。

コースは桜が咲きだしているので、桜が多くあるところを狙って歩く。

まずは、近所の商店街。
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ここはソメイヨシノの古木が多数あったが、倒木の危険があるとして伐採の上、新しい桜の苗木を数年前に植えた。

今ではこの通りに成長してきた。早いものである。
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称名寺。
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まだ咲きはじめで、見頃はまだまだ先のよう。
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山桜は大丈夫。.
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称名寺近くのこのお宅の庭は相変わらずすごい。とても個人の庭とは思えず。
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金沢文庫駅裏。
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風は多少冷たいものの、歩くと汗に濡れる。

いよいよ本格的な春到来であるが、ソメイヨシノの見頃はまだこれからで満開は来週か。

たぶん来週も桜の記事で行くことになりそう。

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DATE: CATEGORY:季節、気候、天気
大分暖かくなってきた。

通勤途中のビル街の花木も、花が咲きはじめてきた。

今週か、来週あたりには桜が咲くだろう。

大通公園
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関内駅前。
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桜通り。
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灰色のビル街もピンクや白の花に染まる。

特にピンクの色は、心をウキウキとさせる。

いよいよ春だな。

花粉症さえなければ、いい季節なんだけど。

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DATE: CATEGORY:気になるニュース
以下は日刊スポーツから
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力道山やジャイアント馬場のライバルとして知られる伝説の覆面プロレスラー、ザ・デストロイヤー(本名リチャード・ベイヤー)さんが7日(日本時間8日)、亡くなった。享年88歳。同日に複数の米メディアが報じた。元プロレスラーの息子カート・ベイヤー氏が自身のフェイスブックで報告したもので「父のデストロイヤー、ドクターXことディック・ベイヤーが今日正午すぎに亡くなりました。自宅で子どもたち、妻に囲まれながら平穏に去っていきました」などとつづった。デストロイヤーさんはここ数週間、病院のケアを受けていたという。

米バファロー出身のデストロイヤーさんは1954年に素顔でデビューしていたが、62年に白地に赤の縁取りを付けたマスクを装着し、覆面レスラーの「デストロイヤー」として変身後に大ブレーク。同年にブラッシーを下してWWAヘビー級王座を獲得。63年には日本プロレスに初来日し、力道山と対戦した。特に同年5月24日、力道山とのWWAヘビー級王座は平均視聴率64%をマークした。

以後、ジャイアント馬場のライバルとして大きな注目を集め、またアントニオ猪木とも対戦している。73~79年には日本に在住し、全日本プロレスの所属選手として活躍。馬場やジャンボ鶴田とタッグを組み、ブッチャーやミル・マスカラスと対戦し、人気を博した。そのキャリアは約40年、日米合わせて8000試合以上におよんでいる。

また日本テレビのバラエティー番組「金曜10時!うわさのチャンネル!!」にレギュラーで登場し、和田アキ子、徳光和夫アナウンサーとの掛け合いも人気を集めた。93年に現役を引退。たびたび来日し、17年には外国人叙勲者として旭日双光章を受章していた。
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我々の世代でデストロイヤーを知らない人はほとんどいないであろうし、たいていの人は「四の字固め」をやったことがあるだろう。

「四の字固め」は、選手双方が裏返しになると、かけた方にダメージがくるという不思議な技で、テレビを見ていてとても力が゛入ったものである。



力道山と戦っていた頃のデストロイヤーはとても怖かった。

恐怖と言ってもいい。

これは、子どもだけでなく祖母や母もとても怖がっていたように思う。

あの時代、外人というだけで怖いものであったのに、加えて白い覆面までかぶっていた。

白覆面を被るというのはどこから来た発想なのだろうか。

KKKあたりだろうか。

そういえば、あの頃のテレビは、鞍馬天狗も月光仮面もみんな顔を隠していた。

顔が分からない、というのは何かしらの恐怖感や神秘感をかもし出す。





また、当時は白黒テレビであったが、白い覆面が血まみれになる様子も白だけにより一層壮絶感がでた。

そういう意味でも白覆面は効果絶大であった。



ともあれ、白覆面が効果があったのは、あの時代だからであったこそだろう。

国籍も年齢も不詳の覆面レスラー、というのはお笑いのネタにはなるが、今の世の中では全くリアリティに欠けてしまう。


あも頃のプロレスへの熱狂はすさまじいものであった。

あの時代は、子どもだけではなく大人も純真であったのだと思う。




アメリカ人の死亡記事が、こんなに大きく報じられるのも珍しい。

よほど日本人に親しまれた、ということである。

ご冥福をお祈りいたします。







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DATE: CATEGORY:季節、気候、天気
今年も2週間前にお雛様を飾った。

娘には、ラインで画像を送った。




お雛様を出すと、部屋の中が不思議と明るくなる。

それは、赤色が多いせいでもあるが、それだけでもないような気がする。

日が長くなっているし、陽気もよくなり暖かくなってきているのもある。

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我が家にも春がやってきた。

春というのは、どことなくウキウキする季節というより、辛い季節というのがこの十年ほどの実感である。

その原因は花粉症である。

しかし、その花粉症も昨年あたりからやや軽くなってきた。




花粉症の先輩達が「花粉症も発症して十年ぐらいたつと軽くなる」と、よく言っていたが、まさしく現実となってきたようである。

薬に頼らずとも、夜、鼻が詰まって眠れないということも無くなった。

また、コンタクトレンズが入れられない、ということも無くなった。



しかし、相変わらず目は痒いし、くしゃみ鼻水は出るし、油断はしていない。

外出する時は、マスクとメガネは必須である。



佐藤愛子さんの「九十歳。何がめでたい」という本によると、佐藤さんは80歳代まで悩まされていた花粉症が、91歳の春が来た時に突然治ったという。

ところが、「花粉症は年を取れば治る」のでははなく、「花粉症が治るということは、もうアレルギー反応が起こる体力がなくなったということらしいのよ」というオチが付いていた。



とはいうものの、それでも今年の春は少し希望が見えている。



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