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メイの家

Author:メイの家
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DATE: CATEGORY:旅行
前回の続き
二日目は熊野三山のうち残りの二つへ。

【熊野那智大社】
裏の駐車場から路地裏のようなところを通り入った。
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雨は降っていないものの「雲の中」と言う感じである。
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とにかく高温多湿。地面は濡れていて滑りやすい。
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トトロもびっくりの巨大なクスノキ。
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【青岸渡寺】
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仏閣は神社と異なりあまり建て替えをしないため、建物が古く風情がある。
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遠くに那智の滝が見える。
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那智の滝はここから徒歩15分とのことであるが、あまりの高温多湿により、少し歩いても息が切れる状態であり時間もないため断念。

熊野那智大社のホームページによると、「那智大瀧」は神武天皇の東征以前からすでに神として奉祀されていた、とのことであり、この神である滝のすぐ側に行けなかったのは残念である。

次回の楽しみにとっておきたい。
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時間があって天気も良ければ、このあたりの古道を歩くのはさぞ楽しいだろう。



【熊野速玉大社】
こちらは、和歌山県新宮市。海岸が近い。
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熊野速玉大社のホームページによれば、自然信仰を原点に神社神道へと展開していく熊野信仰は、六世紀に仏教が伝わると早くから神仏習合が進み、強者弱者、地位や善悪、信不信を問わず、別け隔てなく救いを垂れる神仏として崇敬された、とのことである。

不信心な私でもきっと救われることと思う。
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ここでも異様に長時間お祈りしている人、我々が到着する前からお祈りしており、我々が帰る時でもをまだ続いていた、という人を見かけたが、悩みは深いらしい。
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【伊勢神宮】
まずは、外宮。
ここから先は写真撮影禁止。

博物館である「せんぐう館」の学芸員の方の話によると、この社は「備蓄用の米倉」であるとのことである。

遷宮がなぜ二十年毎であるかというのは諸説あるが、米倉がいっぱいになるのに要する期間が二十年、というのが有力とのことである。

学芸員の方に、「稲作にあまり適しているとは思われない伊勢の地が何故選ばれたのか」、ということを聞きたかったが、つい忘れてしまった。
これも次回に取っておこう。
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社は他にも多数あるが、どういうわけかここの社だけ妙に参拝者が多い。
御利益があるということなんだろうか。
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内宮
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長蛇の列は最近大ブームになっている御朱印帖に記載してもらう人たち。
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門前は大変な賑わい。
昔、伊勢参りに来た人たちは、毎日がお祭りに見えただろう。
一生に一度の伊勢参り、楽しかっただろうなあ。
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怪しげなおじさんが、巨大なイグアナ? を持って見せていた。
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この日の宿泊は外宮にほど近い「瑞穂館」。
おばあちゃんが三人ほどやっている旅館であるが、なかなかユニークであった。

建物内にいるのに、何度声をかけてもでてこない。
五分も声をかけ続けやっと出てきたと思ったら、こんどは電話がかかってきてその話が長いこと。
それもまあ、わけのわからない世間話。

これでも高齢化時代の昨今、高齢者が楽しそうに仕事をするのは大変良いことだとは思う。
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伊勢市内の古い建物。
ただし、あまり景観保存の観点からの規制はされていないようで、このよう建物はどんどん大手住宅メーカーの家に置き換わっており、ほんの少ししか残っていない。

観光をメーンにしている土地であり、今のうち手を打たないとj街並みは残らないし、魅力は激減する。
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【二見興玉神社】
鳥居が壊れていた。
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おなじみの御神体。
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大正天皇が子供の頃に宿泊したという實日館。
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この辺も往時はさぞや賑わったことだろう。
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鳥羽を後にして再び伊良湖へ。そして横浜へ。
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これほど数多くの神社に参拝した御利益はこれから発揮されるはず。
期待しています、神様。
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DATE: CATEGORY:旅行
7月16日~18日の三連休に、熊野、伊勢方面に出かけた。

15日の横浜市内は大変な豪雨であり、旅行期間中の気象が懸念されたが、ほとんど雨には合わなかった。
私は、我々の日頃の行いが良いからであると思ったのだが、J氏は「晴れ男の俺のせいなので感謝しろ」と言っていた。

それはともかく、この企画立案と、全行程において、J氏が愛車のベンツを運転してくれたことには感謝申し上げたい。

行程としては、15日の夜に出発し東名高速を経て、16日朝に愛知県・伊良湖からフェリーにて三重県・鳥羽へ、そして熊野へ到着。
長くなるので途中経過は省略。



まずは熊野古道。

熊野本宮大社のそばにある「世界遺産熊野本宮館」にて車を駐車。
ついでに、事前学習。
熊野本宮大社は大齋原、いわゆる河原にあったが洪水により流され明治時代に現在の地に建てられたとのことである。
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「世界遺産熊野本宮館」からウォーキング出発地の発心門王子まではタクシーを利用。
運転手さんによると、この発心門王子から熊野本宮大社までの約7kmのコースは、熊野古道の中でも最も初心者コースなんだそうである。
中には、一週間かかるコースもあるらしい。

運転手さんはこの発心門王子からのコースを間違えると大変なことになる、と何度も念押ししてくれた。
というのも最初は山道ではなく舗装された生活道を歩くので、つい古道という雰囲気の山道に入りたくなるからである。
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山里の中の生活道路なのでとても歩きやすい。
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妙にリアルな案山子。
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水呑王子。
この「王子」とは参詣途上で儀礼を行う場所で、儀礼は、奉幣と般若心経などの読経であり、神仏混淆とのことである。
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発心門王子から熊野本宮大社までのコースは基本的に下りコースであるので確かに初心者向きであるが、同じコースでも熊野本宮大社から登ってくれば、これは結構きついコースになる。
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生活道と山道は交互にやってくる。
しかし、標識が整備されており道を間違えることはない。
また、英語の表示やトイレも整備されている。
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ここで休憩しトコロテンなどを食べたところ、スイカまで御馳走になった。
私にとって、スイカは今年の初ものであった。
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下りコースといっても山道はやはり疲れる。
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三軒茶屋跡。今では関所風に作られたトイレがある。
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一時コースを外れ見晴らし台に行き、熊野本宮大社を望む。
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熊野本宮大社付近の住宅街。空き家も多い。
熊野本宮大社に勤務する人たちの社宅?
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伏拝王子。
このあたりで、二度、丸丸としたタヌキを見かけたが、さすが写真に収めることはできなかった。
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熊野本宮大社に到着。
休憩時間込みで、所要時間は三時間半ほどであった。

八咫烏の黒い郵便ポスト。
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大きすぎてカメラに入りきらない。
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本来ならばここから入るのだが、裏から入ったため今回はここが出口となった。
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宿泊先は、川湯温泉の亀屋。
昭和の雰囲気を色濃く残した、なかなか鄙びた温泉宿である。
なお、これもタクシーの運転手さんから聞いた話だが、最近の外人の観光客は、安い民宿か高級なホテルか、と二極化しており、このような中途半端な旅館には宿泊しないらしい。
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宿屋の前は大塔川。
対岸の河原を掘れば温泉が出てくるとのことで、楽しみにしていた。
宿の人に対岸に行くにはどうするのか、と尋ねたところ、川をジャブジャブと歩いて渡っていけ、とのことであった。
ワイルドだなー。

が、水着をきた家族ずれが「川遊び兼温泉に浸かる」という雰囲気で、オヤジが素っ裸で温泉につかるという雰囲気はなかった。
素っ裸で行ってひんしゅくを買うのも不本意であり、自粛した。
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DATE: CATEGORY:日常生活
7月15日の夜から三連休を利用して友人と旅行に出かける予定である。

夜出発だから休まなくともいいはずだが、それを理由に本日15日に休暇を取った。





一人でゴロゴロしながらyutubeで懐メロを聞いたり、テレビをみたりとダラダラ生活。

しかし、どうも天気が不穏な様子。
外は真っ暗になり、雷鳴がとどろき始める。

スマホもなり始める。
見てみると大雨洪水警報。

しばらくして、滝のような土砂降りの雨。

そしてスマホから繰り返し警報。



あまり注意して見てもいなかったが、土砂災害警戒のため避難勧告が出ていた。

まあ、中区の山手あたりはそうだろうな、と思いながら見ていくと、わが区にも避難勧告が・・・。

我が家のある区域は外れていたが、隣接する子供たちが通学した小学校がある区域は避難地区に入っていた。

避難はしないまでも、どこが避難所なんだろうと思って調べ見ると、その小学校が避難所。

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最近は安全側をとるため直ぐに避難勧告を出すらしいが、それでも少し驚いた。

我が家族は、地震があった場合は、近くの町内会館に集合することにしているが、公的な避難所にはなっていないようである。

これからは、避難先はとりあえず「町内会館」集合、落ち着いたら「小学校」という順番にしておくべきか。

今日は、何をしたわけでもないがよい脳内訓練になった。




現在は、小雨程度。

旅行は大丈夫だろうか?
日頃の行いが問われるのはこれからか。
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DATE: CATEGORY:仕事あれこれ
ある時、飲み屋で友人が語っていた話である。

彼には自慢の息子が三人おり、飲むと常に子供の話をせずにはいられない。

その息子たちもすっかり大きくなり、そのうち一人が警察官になったという話を始めた。

また、いつもの子供の自慢話か、と思っていたら少し違った。




「うちの息子が警察官になったんだよ。

僕の息子が警察官、というのは信じられないだけどね。

僕は全く体育会系じゃなかったし。

息子は、中学の部活で剣道やったら、どういうわけかはまってしまい、そのまま大学に進学しても剣道やっていた。

強くはなかったけど好きだったんだね。

それで警官になってしまった。

今でも警察の道場で練習したり、他の人に教えたりしているんだって。



この間、その息子が帰ってきて『お父さんの職場に○○先生が働いているんだって?』と言うから、確かに○○という姓の人はいるけど『先生』という人ではないし、おかしいなあと思って色々聞いてみた。

その○○先生は、剣道が6段か7段かの人で、時々道場に教えに来るらしいんだが、その人が来ると道場の雰囲気が一変し、ベシッとなるんだと。

怒鳴ったり怒ったりするわけではないが、全身から発するオーラが尋常ではなく、警察官は皆大変尊敬もし、畏れてもいるらしいんだって。

息子はとっても尊敬していた。




でもさあ、その○○さんは、うちの職場では冴えないおじさんなんだよ。

仕事ができないというより、やる気が全くないというか。

動作はノロノロと鈍いし、何をやらしても水準に以下だし。

年というのもあるかもしれないけど。

小太りで見た目もさえないし、オーラなんか全く感じられない。

もう早くやめてくれ、と周りの人は内心では思っているんじゃないかと、そういうような人。

息子にとっては、素晴らしい先生だから、そんなことは言わなかったけど。



剣道の6段とか7段とかのレベルというのは大変なものなんだって。

全国で百人とか二百人とかの世界らしいよ。


やっぱりさあ、仕事以外の別の世界を持っているというのは大事なことだよな。仕事がダメでもそっちの世界で生きていけるし。定年もあるし。」

と彼は締めくくった。



この話を聞いた○○さんの私のイメージは、藤田まことが演じる必殺シリーズの中村主水、であった。

暗殺されないように気を付けた方がよい、と友人にはアドバイスしておいた。




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DATE: CATEGORY:イベント
先週の日曜日、高校の同窓会に参加してきた。
昨年は、別に結婚式が入っていたため欠席したので、一年ぶりである。

会場は、上野の東天紅。
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不忍池の水面は、ハスでびっしりと覆われていた。
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外人観光客も多く、相変わらずの賑わい。
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同級生、特に女性陣であるが、それなりに年輪を重ねてきてはいるものの、年齢の割には若いなあ、というのが私の感想である。

まだ一度も白髪染めをしたことが無いという長身の彼女は、容姿も体形も昔とほとんど変わっておらず、妖怪ではないかと疑いたくなるほどである。


いつもボケ味のきいた発言をする別の彼女は、「職場の人たちがみんな私に敬語を使うのよ、みんなどうしちゃったのよ、と思ってよーく考えたら、私が一番年上だったのよねーー。」と言っていた。
年齢に関する自覚はあまりないらしい。

我が学年は8名参加。
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今日は早めに帰ってこようと思って出かけたが、この日も二次会・三次会へも出席。

同窓会は、朝11時から開始であったが、家に帰着したのは夜11時。

乾杯から日本酒で始まり、その後も調子に乗って飲んでしまい、撃沈状態。

老骨の身になった私にとっては、とてもハードな一日であった。
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