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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:家族
父の具合が思わしくないとの知らせが実家からあり、温泉旅行の予定が入っていたがキャンセルし、3月19日・20日の1泊2日で帰省した。

医師は一時は「もうだめ」と診断したとのことであるが、その後急激に回復したという。




病院での父は、顔色もよく意識もはっきりしていた。

ただ問題は、どういうわけか言葉が不明瞭になってしまい、父が何を言っているのかよく理解できないかったことである。

昨夏に帰省した時はこのようなことはなかったのにどうしたことか。

私は父の病室に三時間以上おり、この間、父は何かと話しかけてきたが、父の言うことをちゃんと理解できたのは少なかった。




私が聞き取れたのは、
今日は土曜日だから来たのかということ、
私の同級生の父が転んで頭を打ち大けがをしたこと、
タンの吸引がつらいこと、
早く家に帰りたいということ、
のみであった。

私が帰ろうとする、父は何かを言うのだが、それが何かよくわからない。

何度聞き直してもよくわからない。

どうしていいのかわからずに戸惑っていると、父は右手を挙げてバイバイをした。

早く帰れということであったらしいが、父のバイバイは初めて見た。


元気にはなっても、今後のことを考えると憂鬱な気分にならざるを得ない。


おまけに天気も曇りですっきりせず。
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翌朝、例によってウォーキング。
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町はますます寂れてきた。
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この早朝ウォーキングが原因かは不明であるが、これまで比較的軽かった花粉症が悪化してしまった。

会津は花粉濃度が濃いのであろうか。

鼻づまりはきつく、目はかゆく、憂鬱はますます募るばかりである。


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DATE: CATEGORY:イベント
あの3.11から5年がたった。

もの忘れが激しい私だが、新潟地震を最初に、その後様々な災害を見聞してきたが、我が生涯で最も記憶に残る災害が、やはり東日本大震災である。

地震だけならそれほど大きな被害は出なかったろうが、あの大津波である。

そしてまた、大津波だけなら被害は大きいものの一過性のものとして考えることもできたが、原発の問題が先を見えないものにしてしまった。

この震災は当時私の職場にも、少なからぬダメージを与え、私もその後一年以上この対応に追われた。

といっても被災者の方々の苦労に比べれば、万分の一にも足らない微々たるものではある。



改めて東日本大震災で亡くなれた方のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方々に心からお見舞いを申し上げます。




さて、東日本大震災後、この時期に京急百貨店で毎年開催されている「大東北展」の案内はがきが、会津柳津町の小池屋さんから送られてきた。

これは行くしかない、ということで昨日行ってきた。
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会場は今年も大賑わい。
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朝一に行くつもりであったのだが、朝からコンタクトレンズを紛失してしまい、コンタクトレンズ屋に行ったところえらく時間がかかってしまい、京急百貨店に着いたのが昼過ぎとなってしまった。
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まずは腹ごしらえ。
本当は喜多方ラーメンを期待していたが出店がなかった。
次善の策で「わっぱ飯」を選択。
だが、席が七席ほどしかなく、回転が悪くずいぶん待たされた。
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隣で「利き酒セット」で飲んでいたおじさんはすっかり出来上がっており、あれこれ話しかけてくる。
落ち着いて食べていられない。
「おいしい、おいしい」と酔ったおじさんには大好評であったが、私にとってはわっぱ飯はともかくとして、こづゆの味はイマイチであった。
こういう場合何を基準としているかというと、母が作っていたものとの比較になってしまう。
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続いては、酒の購入。
いろいろ試飲した結果、他にもよい日本酒があったが、ここは地元の会津の酒を選択。
この栄川の「しぼりたて」というのがなかなかよかったが、試飲の分だけ残して商品が無くなったというので、仕方なく純米吟醸にした。
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さて、本命の「あわまんじゅう」。
相変わらず人気は高く、行列は一時間待ち。
見ていると一人で、5箱、10箱と買っていくので、生産が間に合わない。

そういえばこの店は、先日テレビ東京の「和風総本家」でも放映されていた。
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購入した1箱のあわまんじゅうは、我が家族によりほんの数分ですべて消費された。
いつ食べてもこれは美味い。
並ぶのは嫌いであるが、唯一並んでもいいと思うのはこれだけである。
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わっぱ飯を食べていた時に、隣の酔ったおじさんが言っていた。
「美味いものを食って、美味い酒飲んで、これで東北の人たちに多少貢献したという気持ちになるのは、ちょっと違うよよな。でも、酒飲んじゃうとそれでもいいかな、って思うだよ。どこで食べて飲んでも同じだけど、せっかくだからね。」

私の場合は、単に故郷のものを食べたいというだけで、そんな高尚な考えは全くなかった。



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DATE: CATEGORY:我が娘・息子へ
いよいよ就活が始まった。

わが娘の悩みは深い。

どの業種がいいのか、どの会社がいいのか、と問われてもこちらによい回答はない。

自分が所属する業種のことは多少は知っていても、全ての業種に通じている人などいるわけはない。

また、同じ会社にいても、出世した人は「この会社はいい会社だ」と言うだろうし、途中退社した人なら「とんでもない会社だ」と言うだろう。

どっちみち個人的な経験の範囲を超えることはできない。

まして、東芝やシャープのような世界的大企業でも、経営者の判断ミスにより大きく経営が傾くこともあり、先のことなど見通せない。






こう言ってみたが、娘の表情は冴えないまま。

そこで我が友人、Iさんが言っていたことを思い出して言ってみた。



Iさんは何度か我が家にも来ており、「大いびきで寝ていた人」と言えば、うちの家族はみなわかる。

Iさんは就職の面接試験の日に、すっかり寝坊してしまい、面接に行けなかった。

仕方なく彼は、翌日の同じ時間に面接会場に出かけていった。

その日も面接は行われていて、当然別の人が面接を受けていた。

そこで面接官に、「面接日を一日間違えた、是非面接をして欲しい」と訴えた。



面接官からは最初は全く相手にしてもらえなかったが、必死に訴えるIさんに根負けしたのか、同情したのか、とうとう面接をしてあげる、ということになったそうだ。

結局これが功を奏して、見事合格し採用となった。

私の記憶では、その時の面接官は3~4人で1チームを組んでいたので、特定の面接官の気まぐれだけではなかったはずである。



この粘りがなければ、私も彼と知り合うことはなかった。

何事もあきらめないのが大事なんだよ、などと言っていたら、意外なことに妻とゲーム中の息子に受けてしまった。

Iさんは我が家ではヒーローになった。




肝心の娘は、「時代が違うしなー」と言っていたが、確かにあの頃は「自己責任」などという言葉はなかったし、右肩上がりの経済が続くことを誰もが疑っていなかった。

それでも私は思うのだが、いつの時代でもあきらめない人が最後には勝つのだと。

しかし、娘の質問の回答には全くなっていない。


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