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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:ハイキング
シルバーウィークの中日、21日に三浦・岩礁の道を友人たちと歩いた。

シルバーウィークの前は毎日のように雨だったが、シルバーウィークは好天続き、不思議なものである。

三浦・岩礁の道の略図はこちら⇒参考


まず三浦海岸駅に集合し、タクシーで間口漁港へ。

路線バスもあるが一時間に一本程度であり、かつバス停から間口漁港までは畑の中の道をかなり歩くことになり、この日はハイキング終了後宴会の予定なので時間短縮のためタクシーを利用。

スタート地点の間口漁港。
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いよいよ岩礁の道開始。
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猫を見るとつい写真を撮ってしまう。
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剱崎(つるぎざき)の石碑と由来。
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この近くに剣崎(けんざき)小学校というのもあってややこしいことこの上無し。
漢字と読み方を統一してくれよ、と言っても仕方はないが。
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この日は波は静かであったが、天気が良くても波が荒れた日は歩かない方が無難であろう。
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至る所に洞窟がある。
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歩いてきた道を振り返って見ても、遠目にはどこが道だかわからない。
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海藻を干すための棒なのか?
ただ干してあるのは全く見かけなかったので、利用法はよくわからない。
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ここだけ見れば、どこか別の天体に見えなくもない。
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潮だまりにはカニの大量の死骸があちらこちらに。
水温が上がって酸欠になったか。
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江奈湾。
ここは岩礁を離れて一般道(県道上宮田・金田・三崎線)を歩くことになる。
ブロックの積み方が面白い。
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県道を離れて農道に入る。
このパイプは一体なんだろうと議論になる。通気をよくするためだろうとは思われるものの詳細は不明。
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天気がよく房総半島がよく見える。
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慈雲寺(白浜毘沙門天)。
蚊の大群が押し寄せ、とてもゆっくり見ている暇はなく早々に退散。
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このコースは岩礁だけではなく「やぶこぎ」もあり、虫除けがあった方がよい。
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たき火をしているようだが、誰もいない海で何をする人ぞ、という感じ。
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自殺者だ、と騒ぎになるも、単に水に浮いて海を楽しんでいるだけのよう。
海はとても綺麗である。
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毘沙門湾付近がこのコース最大の難所。
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転落すると海に。
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このあたりは平坦だが岩が波のようになっており鋭角に突き出ている。
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盗人狩。

「昔、盗人が追われて来て、この山の端まで来て下を見ると、恐ろしい断崖と怒濤に足がすくんで 動けなくなり、簡単に捕まった」ということからこの名がついた、という話がある。

ところがこの話は、町おこしのために最近創作されたもので、それが広まったものだという。

「この話は俺が作った」という人がいてその人と話をしたことがあると、この日一緒に行った友人(海さん)が語っていた。
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人工的に作られた小ぶりのプール?
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一体何のためにこんなものを作ったのか。
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このあたりはコンクリートの小道が出来ているので歩くのがラク。
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盗人狩方面を振り返る。
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ゴール近くの宮川湾のヨットハーバー。
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ゴールの宮川町バス停にあった看板。
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このコースはおよそ10km。
アップダウンはそう多くはないが距離の割には疲れる。
平坦な場所でも、岩が鋭角に突き出ていたりして歩き難いのが原因。


ハイキング終了後は、馬掘海岸へ行き、風呂に入り、そして宴会。
歩いた以上に飲食してしまい、元も子もない状態。





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DATE: CATEGORY:日常生活
平日の昼食は、かなりの比率で職場近くの食堂へ行くことが多いが、最近割合よく行くのが「まいどおおきに食堂」である。

ここは大手のチェーン店であるが、その土地その土地の地名をつけ、「○○(地名)食堂」という名称になっている。




普通の食堂と違うのは、カウンターに並べてある好きなおかずを順番にお盆にとっていき、最後に、ご飯とみそ汁を頼み、お金を支払う方式である。

最近はうどん屋さんもこういう方式のところが増えてきたが、昔の社員食堂のイメージはこういう感じであったと思う。


おかずは、さんまの塩焼き、サバ煮、卵焼き、きんぴらごぼう、お浸し等々、昔からある伝統的なものが多いのがよく行く理由ではあるが、種類や味はスーパーのお惣菜とあまり変わらない。

そして、それほど安くもない。



客層は、中高年のおやじが多いが、若い女性も少なくはない。

前に並んでいる人が、どういう種類のおかずを、どのぐらい取るのか、というのは興味があって、ついつい見てしまう。

メーンが一つに小鉢が二つ、というパターンの人が多いが、大量のおかずを取る人がいたり、また、おがす一つで大盛りのごはん、という人もいる。

観察していると、これはなかなか面白いものである。

大手チェーン店のことであるから、こういうのはとっくにデータ化し分析していることとは思う。







ある時不思議なことに気が付いた。

それは、若い人の半分以上は味噌汁を頼まないということである。

アツアツで具も沢山入った味噌汁である。

金額は忘れたが味噌汁も有料ではあるものの、大した額ではない。

ちなみに中高年の人達は、ほぼ100%頼んでいる。





私には味噌汁なしでご飯を食べるということが不思議でならない。

ご飯と味噌汁は切っても切れないもので、味噌汁なしはもはやあり得ない世界である。

おかずは無くとも味噌汁だけはある、という貧しい家庭で育った影響は大いにあるが。




とは言うものの、実のところ我が家でも子供たちは味噌汁が無くとも平気であるし、ある時、妻も私が食べるから作るだけで、妻と子供たちの三人だけだったら作らない、と言っていた。

このままいけば、味噌汁もいずれは廃れてしまうのではないか。

そのうち絶滅危惧種になってしまうか?





いろいろ調べてみると、確かに味噌の国内消費量は年々減少してるようである。

しかし、生産量はあまり変化していない。

これも不思議なことだと思いさらに調べると、輸出量が年々右肩上がりに増加しているためらしい。


外国では和食がどんどん進出するに伴い味噌汁も飲まれるようになり、反面、日本では味噌汁は好まれなくなっていく、という図式か。






ところで「まいどおおきに食堂」さん。

味噌汁が少ししょっぱいのでもっと薄味にしてもらいたいんですが。

備え付けの葉書も出したんですが、改善してもらえません。

沢山汗をかくような仕事の人にはよいかもしれませんが、若い人や高血圧の中高年には好まれないと思います。

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DATE: CATEGORY:季節、気候、天気
今朝の東京湾の直下を震源とした地震には、正直言って驚いた。

ドーンと突き上げるような縦揺れが、震度以上に大きく感じられた。

先日来の大雨で地盤も緩んでいるだろうし、そもそも安普請の家の下の地盤は、造成地である。

気象庁発表の震度よりは大きく感じられるのも当然か。





今週は大雨で、また大変な週でもあった。

朝、家をでる時は大雨、職場付近は傘をさすか迷う程度の小雨、というのが月曜日、火曜日と続き、そして水曜日には台風の上陸。

その水曜日も職場の付近では、日中こそかなりの大雨であったが、夕方はすっかり雨も上がり、地面は乾いていた。

濡れずに帰宅できるかと期待していたが、家に近づくに従って雨が激しくなり、最寄駅ではもはや豪雨。

結局、全身びしょ濡れでの帰宅となった。



例の、東北から関東にかけて南北に伸びた細い縦長の積乱雲が、三浦半島方面にも掛かっていたのが原因である。

わが職場周辺は、この雲の範囲外であった。





あの日、鬼怒川の堤防決壊のニュースを聞いて連想したのは、我が実家は大丈夫か、ということであった。

我が実家付近も河川の多い低地である。

そこで国土交通省の河川監視カメラをのぞいてみると、相当な増水量があるものの無事そうであった。

この写真は、今日の状況。
水曜日は溢れんばかりであったが、今日はかなり水も引いてきたようである。
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宮城、茨城、栃木の被災地の方々には心からお見舞いを申し上げたい。



先週、火災保険の更新時期が来た、との通知があった。

こんな状況の中、なんというタイミング。

私が現在加入しているのは、火災保険に風水害と地震保険がセットになっている種類のもので、全壊の場合、火災が原因の時は3000万円、風水害は1400万円、地震は500万円出るが、保険料は35000円/年である。

我が家は大手住宅メーカー製で「鉄骨」扱いであるが、地震の危険区域であるため、特に地震保険料が高く設定されている。

おまけに、火災保険とセットでないと地震保険は加入できない仕組みである。



保険会社は、これをもっと大型タイプのものにしたらどうかと提案してきた。

保険料50000円/年で、火災の3000万円は変わらないが、風水害で2000万円、地震で700万円出るタイプに変更したらどうかと。

金額が増える割には保障額は増えない。

地震そのもので我が家は壊れないと思っているが、造成地で地盤が悪い上に、急傾斜地。

地震も怖いが、大雨も怖い。

もはや雨の降り方は、完全に昔と異なってきた。




先週は現状維持で十分と考えていたが、今週の状況で考えがぐらついてきた。

15000円上乗せして変更するか・・・・・。

ただいずれにしろ、火災以外で被災した場合は、もはやこの地に家を再建することはできないだろうと思う。





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DATE: CATEGORY:日常生活
先月、娘と実家に帰省していた時のことである。

娘が一人で我が実家の周辺を散歩して村はずれまで来ると、あまり人影が無い集落ではあるが、とあるお婆ちゃんに出会ったという。



お婆ちゃんが「どこの人? この辺でこんな若い綺麗な女の人はみかけないんだけど」と話しかけてきたので

娘が「○○○の孫です。」と我が父の名前を出して答えると、

お婆ちゃんが「あれ? △△△ちゃん?」と私の姪と勘違いして言うので、

「△△△ちゃんも昨日帰ってますが、△△△ちゃんのいとこです。」とさらに答えると

お婆ちゃんは「はー、ということは、×××君(私の名前)の娘さん?」とようやく納得してくれたという。

その後、何やかやと話をしたらしい。




娘は帰ってきてこの話を私にした後に、「まだお父さんを覚えている人がいるんだねえ。」と感心していた。






ところがである。

私が散歩していて、村の人に会ってもお互いに相手が誰だかわからない。

「おはようございます。」と互いに挨拶した後は、この人誰かなあと考えるがどうにもわからない。

それは、相手も全く同様のようで、明らかに困っている様子がわかる。

それでも村の人達は、「ゆっくりしていがんしょ」とさらに声をかけ、私も「はい、でも今日の昼には帰ります。」などと答えることになる。



お盆であるから普段はみかけない顔がウロウロしていても、、この村の出身者かその配偶者が帰省したと考えるのが当然であり、このような会話が成立する。




それでも、10年前頃は、お互いに誰だかわかっていて挨拶をしていた。

それが8年前に母が亡くなった頃あたりから、このような状況になってきた。

その理由の一つには、我が両親と同世代の人達が亡くなってきたことであろう。

両親と少し離れた世代の人達とはやはり接点がない。






そしてもう一つの理由は、村の人達に私の小学生の頃の姿は覚えてもらっているのかもしれないが、それからもう半世紀。

あまりの変わりように、昔の面影はない。(と自分でも思う)

また反対に、私から見た近所の人達も同様である。

当時10歳の私が見た20代の若妻もいまや70代。





昭和は遠くなりにけり、である。


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