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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:写真
今年も桜が開花した。
散歩がてら近所の公園やら他人の家の庭やらを撮影。

まずは定番のソメイヨシノ。
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この桜はヨコハマヒザクラというらしい。
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ソメイヨシノよりこっちの方が派手なので私は好きである。
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こちらはモモ。
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某公園。
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レンギョウはもう終わりに近い。
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気温も上がってきて、花粉さえなければよい季節になってきた。

そしていよいよ新年度である。

一年の初めは当然一月だが、幼稚園入園以来四月の年度替わりが、一年のスタートという感じがしている。

職場にはフレッシュな新人も来るようだし、私も新たな気持ちで残り少ないサラリーマン生活を頑張りたい。

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DATE: CATEGORY:病気
関東地方は、今年の「春一番」は時間切れにより発表なしの見込み、ということだそうである。

例年、春一番が吹くと花粉症の到来、というのが私のパターンであったが、今年は春一番は無かったけれど、やっぱり花粉症になった。

ただ、年齢が高くなってきたせいか、はたまた免疫力アップのために毎日食べたヨーグルト効果か、例年に比べてやや軽症である。

この時期は毎年禁酒期間というか、酒を飲むと増々症状が悪化するのでとても飲酒する気になれなかったが、今年はまだ酒が飲める。

とは言っても、相変わらずの症状ではある。




先々週のことであるが、風邪をひいてしまった。

熱も高く頭痛もひどく、体の節々も痛くなり、とうとう13日金曜日には仕事を休んで寝込んでしまった。

うつらうつらと寝ながら気が付いたのは、くしゃみや目のかゆみなどの花粉症の症状が無くなった、ということであった。

鼻水は水のような鼻水ではなく、風邪の時によく出るねっとりとした濃厚なのが出てきた。

これは花粉症が直ったかな、と思ってしまった。



というのもある時読んだ本に、太平洋戦争の時、梅毒を患っていた日本人兵士が南方でマラリアにかかり高熱が続いたところ、マラリアから回復したら梅毒まで完治してしまった、というのがあったからである。

高熱によりスピロヘータも死滅してしまった、ということらしい。




しかし、翌日の午後あたりから体調が戻ってくると同時に、花粉症もまた戻ってきてしまった。

やれやれである。



そういえば、忘れもしない四年前の3月11日、地震が来る前は花粉症がひどかった。

ところが、地震が来てきてからしばらくの間というものは、花粉症を意識することなく生活していたような気がする。

津波の映像、原発、計画停電、続く余震、ガソリンや物資の不足、電車バスも止まり通勤不能、怯える家族、我が職場もどうやって継続させていくか、などいろいろなことがあり、とても花粉症どころではなかった。



結局のところ、「苦痛は、より大きな苦痛に勝てない」ということなのか。

「花粉症で大変だ大変だ」と言ってられるぐらいがちょうどいいのかも、と思いつつも、苦痛なんだよね、これが。

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DATE: CATEGORY:イベント
先週の8日の日曜日に、地元の京急百貨店で「大東北展」という、この震災の時期に合わせた恒例イベントをやっていたので、妻と「粟饅頭」を買いに出かけた。

会場は大変な賑わいであったが、実はその大半は会津柳津町から出店した「粟饅頭」の小池屋さんによるもので、他の店はさほど客が集まっているようではなかった。
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「粟饅頭」をたった一箱買うために、結局一時間も並んでしまった。

というのも、おじさんは一生懸命作っているだが生産が間に合わないからである。

この店には四人いたが、会津から来たと思われるのはおじさんとおばさんの二人、他の二人は百貨店側の人と思われた。

この四人の人達、特におじさんとおばさんの二人は、たぶん朝から晩まで休みも取らず、トイレもいかず、ずうっと作り続けていたのではなかろうか。

その工程を見ているとあんまり味も変わらなさそうだし、機械化でもいいんじゃないかという気もした。

なにせ、一箱の「粟饅頭」を買うために皆文句も言わず平気で一時間も並んでいるんだもの、倍作っても、三倍作ってもすべて売れ切れるだろう。

でもやっばりあのおじさんとおばさんの手作りが魅力なんだろうな。
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昨年も一昨年もこんな状況であったので、百貨店としては話題作りの目玉のイベントとしているのかもしれない。

だから、行列は不可欠ということか。



この人いきれと「粟饅頭」を蒸すことによる熱気で店内は異常な暑さ。

半袖でもよいぐらいあったが、面倒なのでそののままにしていたら、風邪をひいてしまった。






昼飯は、宮城県の網地島屋の雲丹味噌ラーメン。
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なかなか味は濃厚。
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日本酒も東北六県からそれぞれ一酒蔵ずつ出店していたが、この京急百貨店でいつでも買える有名酒蔵ばかりだったので、結局買わずじまい。

ちなみに福島県は私も好きな、金寳酒造 仁井田本家。



東北の復興の道のりは遠いけれど、少しでも前進して欲しいと願う。

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DATE: CATEGORY:仕事あれこれ
昔からの友人であるMさんが2月28日に亡くなったという知らせをもらった。

記憶はどんどん薄れる一方なので、記録をしておく意味あいと、また、芸能人が無くなると追悼番組を放送するので、今回はそれに倣って簡単な追悼記事とする。




訃報はもらったが、Mさんの葬儀には行っていない。

最近は家族葬でやるところが大半で、葬儀やお通夜に行くことは殆どなくなった。

面倒くさくなくいいなと思う反面、一抹の寂しさもある。





さて、亡きMさんと知り合ったのは20数年前のことである。

彼は、私より三歳下で、超難関大学を卒業した大変優秀な人であった。

ラテン語などもかじっており、飲んだ時などによく解説をしてくれた。

仕事は緻密であり、調査は徹底していた。

例えて言うなら、用意周到に外堀を埋めてから攻撃する、というタイプであった。

私はそこまでやらなくとも、と思っていたので、彼からすれば私をいい加減な奴だ感じていただろう。

カラオケは、槇原敬之を好んで歌っていた。




難点としては、前歯が一本欠けていたので、どことなく間が抜けて見えていたことと、清潔感のない長髪であったことである。

そして最大の欠点は、「風呂に入っていないのではないか、頭を洗っていないのではないか」という伝説があったことである。

真偽のほどは確かではないが、夏には確かに彼からそのような匂いがしたのは事実であった。

彼は、こういうのを一向に気にかけなかったばかりか、かえって自慢していた趣があった。

戦前の旧制高校のバンカラの気風が、彼に乗り移っていたのかもしれない。




私もその頃はまだ結婚していなかったし、風呂は毎日のように入っていたが(ようにであって毎日ではなかった)、頭は週に二回ぐらいしか洗っていなかった。

まあ五十歩百歩というところであった。



しかしこういうのは、女性には受けなかった。

ある夏の日の仕事帰りに、彼と深夜まで飲んだ。

私は泥酔して帰宅し、風呂に入る気にもならずそのまま就寝したが、翌朝風呂に入り髪も洗い出勤した。

職場で私とすれ違った若い女性から、「あら石鹸の香りがする、ちゃんとお風呂に入ってきたのね。Mさんにも毎日そうするにきつく言ってよ。」と厳しく言い渡された。

そのようなことは、何度かあった。

彼はこういうのを自慢にしていたのだから、改める気はなかった。



私にとっては大した匂いではなかったが、こういうことに女性は大変厳しい。

最近では、スメルハラスメントという名称がついているらしい。




そんな彼も十年ほど前から、すっかり垢抜けて小奇麗になった。

昨年の夏に彼と会い四方山話をした時も、随分清潔感が出て変わったものだと思ったものである。

そして、匂いなどは全くせず、相変わらず元気であった。

それが突然の訃報である。




私が花粉症になったのは、ひょっとして清潔にし過ぎたせいかもしれない。

彼とよく飲んでいたあの頃は、花粉など全く感じなかった。

ところが最近では、娘に「加齢臭がしないか」などと時々聞き、結構気にするようになった。



Mさんのご冥福を心よりお祈りいたします。



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DATE: CATEGORY:イベント
今年も先週だったか先々週だったか、妻がお雛様を飾った。

義母が買ってくれたものだが、七段飾りで飾るのに手間暇はかかるし、なによりも狭い我が家がますます狭くなってしまうという難点がある。

いつまで飾り続けることになるのか。

大学卒業までか、やっばり娘が嫁に行くまでか。

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バイトに数々のサークル活動で忙しい娘は深夜に帰宅するし、私は早朝に仕事に出かけるので、顔を合わすのも稀である。




先週の日曜日に、「日本酒研究会で海老名に行くが、海老名ってどうやっていくのか」と聞いてきた。

海老名への行き方を知らないことにも驚いたが、日本酒の研究というのにも驚いた。

「泉橋酒造か」と答えたところ「よくわかるねー、大したものだねー」とお褒めいただいた。

それは当然の話で、キャリアが違う。

神奈川県内なら私のランキングでは泉橋酒造がナンバーワンである。




最近のメーンのバイト先が居酒屋であり、そこのオーナーやら常連さんと蔵元見学に行くらしい。

娘は三月生まれであるので、「成人式は終わっても誕生日が来るまでは二十歳ではないんだ」と私が言うと、「勉強するだけだから」と娘はのたもうた。





今日は夕方に友人を連れてくるという。

外人の留学生やアラフォーの韓国人を連れてくるなどで私も多少免疫は出来てきたが、今回は少し驚いた。

私の幼馴染でありブロ友でもある「エンピロ」さんの娘さんを連れてくるというのだ。

彼女は会津生まれの会津育ち。

横浜生まれの横浜育ちの娘とは接点はあまりないし、大学も異なる。

SNSか。



今夜は、我が家も雛祭りである。


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