この日は出張であった。
お昼時になったので、昼飯でも食べようかと店を物色した。
近くに1階フロアはCoCo壱番屋、すき屋等の大手チェーン店が入居、2階フロアはちょっと小汚い居酒屋が入居、3階から上は一般住宅となっているビルがあった。
昼飯なんか何でもいいと思いつつ、大手チェーン店では面白くないので2階の居酒屋フロアに行ってみた。
2階に行くと直ぐ目の前に、小柄だが太めの70代後半のおじさんが店の前にメニューを並べていた。
そして、「今日は炒め物の日だ。旨いから食べて行け。」と誘ってくる。
このおじさん、ロレツがやや回らないのと、足が少し不自由で、軽い脳梗塞でもやったかな、と思わせるところがあったが、手の動きは何ともなさそうで、声は大きく元気な人だった。
他の店はやっていなかったし、入ってみた。
中はカウンターと小さなテーブルが2~3個あるだけの小さな店である。
掃除はよくされているようであるが、長年の営業で染み付いた油などであまり綺麗とは言えない。
下町によくある居酒屋という感じ。
客は私のみ。
メニューは炒め物の日なので、ナス炒め、マグロ炒め、ホルモン炒め、厚揚げ炒め等・・・。
カウンターの中にはどっからどう見ても、今日から、ホンの30分前からこの店で働き始めました、という雰囲気のお姉さんが一人いた。
おじさんか「何にする?」というので「ナス炒め」と答えると、「何でナス炒めなんだよ、ナス炒めなんか奥さんが作ってくれるだろう?」
という。
「ナス炒めは結構好きなんですよ、簡単だからカミさんもよく作りますけどね」と答える。
「うちのナス炒めも野菜たっぷりでうまいけど、うちのマグロ炒めは最高だよ、これ食っていけ、これ評判いいんだよ」と、熱心に勧めてくる。
ちょっと不審に思い直ぐに同意しなかったら、ますます熱心に勧めてくる。
私が何食おうとも勝手だろうと思いつつも、「じゃあマグロ炒め」と変更した。
シンマイのお姉さんが慣れぬ手つきでカウンター越しにお盆を差し出す。
お盆には、サラダ、冷奴、漬物、海苔、味噌汁、ごはん、1/4カットのバナナ。
ただし、サラダにドレッシングがかかってないよ、冷奴にシラスがのってないよ、ごはに「ゆかり」がかかってないよ、とか逐一おじさんに指示され、五月雨的に出てきた。
いよいよ期待の「マグロ炒め」が出て来るのか、と待ったがなかなか出てこない。
そのうちおじさんとお姉さんが下らない話で盛り上がる。
「お姉さん美人だねえ、それに体が引き締まっているし、いい女だねえ。」
「あらあ、私のこと口説いてくれるの、うれしいわ、でもマスターはもうあっちは役に立たないでしょう、それに私は空手初段なのよ」
「おー空手かよ、俺も昔は正拳突きで、突いて、突いて、突きまくりだな、今はもう役に立たなくなったから、舐めるだけだな、ただし俺は料理人だから味にはうるせいよ、どうだ?」
こんな話を延々と続ける。
しょうがないので、「マグロ炒め忘れてない?」と催促。
ようやく出てきた。
マグロだけ炒めたものかと思ったがそうではなく、マグロと野菜を甘辛い味噌で炒めたもので、量も多くてなかなか旨い。
「マグロ野菜炒め」の方が名称としては妥当か。
値段も600円で安い。
私が食べていると、一人の客が入ってきた。
その客は「ホルモン炒め」と注文した。
この注文を聞くとおじさんは、やっぱりマグロ炒めを熱心に勧め始めた。
そのうち食べている途中の私にも「なあ旨いだろ、なあ、なあ」と同意を求めてくる。
旨いことは間違いないが面倒くさいなー、と思いつつも「こんな旨いマグロ炒めは初めて食った」と言うと、おじさんは心底嬉しそうであった。
結局この客も「マグロ炒め」に注文を変更した。
600円を払って店を出ようとすると、また客が一人入ってきた。
三人目の客は「厚揚げ炒め」を頼んだ。
今度はシンマイのお姉さんが、これまでのやりとりを聞いて学習したらしく、「うちのマグロ炒めはすごくおいしいんですよ」と勧め始めた。
この客もやっぱりマグロ炒めに変更した。
かなりの量の野菜と一緒に甘辛い味噌で炒めてしまえば、マグロでもナスでも厚揚げでも大して変わらない味になるように気がするがなあ・・・・・。
店を出がけにおじさんから「明日は天ぷらの日だよ」と声を掛けられた。
天ぷらにもお勧めがあるのかな。
何の天ぷらを勧められるのだろうか。
面白い店だなあを、店を出て一人で笑ってしまった。
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