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メイの家

Author:メイの家
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DATE: CATEGORY:ハイキング
4月26日友人と浦賀~観音崎~走水~馬堀海岸のコースをハイキングした。

「徒歩ナビ」によるとおよそ10km、所要時間は、5時間30分。

昼食に10分程度休憩したのみで、大半は歩きづめであったが、立ち寄るスポットが多く意外と時間を要した。



浦賀駅前を出発すると、直ぐに変なおじさんを発見。
「なんだありゃ、変なのがいるなあ、陽気のせいか」なとど話しながら通り過ぎたが、後に本日は「咸臨丸フェスティバル」の日であることを知った。
その出場者だったと思われる。
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三浦半島は狭い。
平地は極めて少ない割合に住宅は多いので、自ずとこのような光景が多い。
地震や豪雨などの時には心配になる。
状況は、横浜市内の我が家でも程度の差はあれ同じではある。
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まず最初の立ち寄り先、西叶神社。
ここで勾玉をいたたぎ、対岸にある東叶神社でそれを入れる袋をいただくと恋が成就する、ということを一緒に行ったJ氏が教えてくれた。
そしてJ氏は、二つも買った、ではなくていただいた。
なんとも奇怪なことがあるものだと思ったのだが・・・。
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ここの彫刻は後藤利兵衛という人が彫ったもので、後に幕府のお抱えになったきっかけがこの彫刻とのことである。
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古い家並みが続く。
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古い雑貨屋さんの前ののどかな風景。
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浦賀の渡し。料金150円。
享保の頃に始まったもので、現在は横須賀市道2073号線となっている。
ボタンを押すと対岸から来てくれるとのことだが、この日は人出があり呼ばなくても来てくれた。
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海は穏やかできれいである。
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対岸の東林寺。
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境内には、浦賀奉行与力中島三郎助の墓がある。
ペリーが浦賀に来航した時に応対を務めた人だが、その後五稜郭の戦で死んだという。
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東叶神社。
海岸にある神社のきまりで鳥居は海を向いている。
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お約束の恋が成就する袋の方をいただく。
ここでも咸臨丸関係のイベントがあった。
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神社裏手の急坂を上ると「勝海舟断食の地」がある。
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そもそもこの地は、戦国時代の浦賀城があったところらしい。
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房総方面。
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海岸を歩いていると多少は漁港らしい風景もある。
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この橋の下で何かを拾っている女性二人に会った。
よく見ていなかったので外人とは思わず「何を拾っているんですか?」と尋ねたところ、「シーグラス」という返事であった。

高校の英語の時間に「お前は彼女と海の区別もつかないのか」と教師にバカにされたことを思い出したが、この場合は、状況的に「sea glass」で間違いない。

海岸に打ち上げられたガラスや陶磁器の破片で、ネックレスやイヤリングなどの装飾品を作っているとのことであった。
(英語ではなく身振り手振りで理解)

マメなJ氏は、その辺を探して歩き、二十代ぐらいの若い方の女性に、プレゼントしていた。
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どこから東京湾で、どこから太平洋なのか、よくわからないが、海は大変きれいである。
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観音崎公園。
連休初日だというのに、人があまりいない。
かくいう私も、二十年以上来たことが無かった。
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灯台。
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走水神社。
日本武尊の東征の際、この地から上総に向かったと言われている。
古代の東海道は、逗子-走水-浦賀水道-上総のルートであった。
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さすがに横須賀、旅行者ではなく生活者の外人の人が多い。
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「海を見ていた午後」という雰囲気で・・・。
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この崖はすごい。
巨大なオブジェ、という感もある。
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防衛大の近くのバス停。
大きなバックを持っていることから連休を利用して実家に帰る途中か。
早く帰りたいだろうな。
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この後は、馬堀海岸の温泉で風呂&宴会にて終了。

なお、会津藩士の墓地がこのハイキングルート沿いにあるが、それは次回にする。

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DATE: CATEGORY:気になるニュース
ロイターのニュースに「米国で貯水池に男が放尿、1.4億リットルの水が無駄に」というのがあった。

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米国で貯水池に男が放尿、1.4億リットルの水が無駄に

2014年 04月 17日 14:43 JST

[ポートランド(米オレゴン州) 16日 ロイター] -米オレゴン州ポートランドの水資源局は、19歳の男が貯水施設の水に放尿したため、飲料水1億4300万リットルを廃棄したことを明らかにした。

ポートランド市内にある貯水施設では16日午前1時ごろ、10代の3人が目撃されていた。

水資源局のスポークスマンによると、このうちの1人が鉄製フェンス越しに水の中に放尿し、その場面を監視カメラが捉えていた。
ほかの1人はフェンスを乗り越えて保管区域に侵入したが、中で何をしていたかは不明だという。

水資源局は1億4300万リットルの水を廃棄した上で、貯水施設の操業を止めて汚染の有無を調べており、その結果は17日に判明する見通し。

水資源局は「ここの水は家庭に直接流れており、再処理する方法はない」としている。

3人は不法侵入などで出頭を命じられ、調査の行方次第では他の容疑でも訴追される可能性がある。

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貯水施設というのだから、浄水場で浄水した水道水を、各家庭などに配るまでの中間にある水を貯めておく施設のようである。

1億4300万リットルというのはどのぐらいなのか、どうにも見当がつかないので電卓で計算してみた。

リットルではゼロが多く面倒なので、立方メートルにすると143,000m3。




立方体で考えると縦52m×横52m×高さ52mぐらいに相当する。

高さ52mのビルは16階建ぐらいにはなろうか。

施設としても巨大なものである。




水の量を小中学校などの25mプールで換算すると(長さ25m×幅12m×深さ1.2m=360m3)397個分である。

これをオシッコひとつで捨てるのか!!!

水に困っているアフリカに持っていけば、どれだけ喜ばれるか。

昔食事を残すと「その残飯でビアフラの難民がどれだけ助かと思っていのか」と言っていた先輩がいたが、私も何時の間にか同じことをいうようになった。



話は変わるが、子どもの頃夏休みにプールで泳いだものである。

その時に、一緒に泳いでいる子供たちの中に、一人ぐらいはオシッコをしたのがたとしてもおかしくは無い。

そして、泳いでいる途中にプールの水を飲むこともよくある。


白状をしてしまうと、私はプールでオシッコをしたことがある。


川で泳ぎもし、川の水も飲んだこともある。

オシッコ入りとわかっていたとしても、プール400個近い水量で薄められているのだから、私は今でも直ちに飲める自信がある。




そういえば、かなりまえだが「飲尿健康法」というのが流行ったことがある。

朝一番の自分の尿をコップ1杯分飲むと健康になる、というやつである。

この貯水施設の場合は、他人の尿だから別か。




この事件場合、犯人は勾留もされていないようなので、毒薬を水道水に入れるというテロではないようである。

どちらかといえば、最近日本で流行の「バイトテロ」に似たいたずらのようであが、それにしてもレベルが低い。

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DATE: CATEGORY:家族
今に始まったことではないが、この春休み期間中息子はゲーム三昧であった。

ゲームは、アフガンだったりイラクだったり、或いは第二次世界大戦の硫黄島だったりと、場所と時代は異なってもいずれも戦争のゲームである。

インターネットに繋ぎ、「俺はこっちから攻めるからお前はこっちから行け」などと友達としゃべりながらやっている。



ゲームの中ではあるが、銃で撃たれた敵兵は、悲鳴を上げ血を流して死んでいく。


私はある時その画面を見て、「結構リアルで残酷だなあ」と思わずつぶやいた。

息子は「これはゲームだよ」と言いつつ、いたく不満そうであった。





その翌日だったか、私はyotubeで昔懐かしい昭和のプロレスを見ていた。


その画面を見て息子が言った。

「よく人に残酷なんて言うよな。これはひどいよ。」

「こっちの方がよっぽと残酷じゃんよ。」

「これって生きている人間だよ、俺はゲームだけどこれは生きている人だよ。」

「よく笑いながら見てられるよ。こんなの見たくないよ。」




私の見ていたのは、蹴られ殴られ「ヒー」だか「キー」だかと悲鳴を上げ、ギザギザの額から流血しているアブドーラ・ザ・ブッチャー。

そして靴に隠していたフォークを取り出しテリー・ファンクの腕に突き刺す。

狂乱状態になったテリー・ファンクは、リングの内外をのた打ちまわる。


昭和50年代前半の全日本フロレス最盛期の頃の試合であった。



言われてみれば、こんなのは今のテレビでは放送できないかもしれない。

でもこれも「ゲーム」と言えば言えなくもないんだけれども。

どっちが残酷だと言われれば、確かに息子の言うとおりだ。


ただ、なんかモヤモヤしたものが残り、それが何だかよくわからない。

やっぱり時代が違うということなんだろうか。

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DATE: CATEGORY:ハイキング
毎年この時期、3月末から4月初めは、桜の季節である。

今年は気温が低く大雪も降り、梅の花は遅かったが、桜は律儀にいつもの時期を守ったようである。


それにしても日本人は桜が好きなようで、どこにでも植えてある。

そしてこの時期になると、「えっこんなところにも桜があったか」と気付かされる。



桜の時期は短いので、先週は津久井城付近に、そして昨日は大岡川付近に、妻とともに桜見物に出かけた。

最近「濡れ落ち葉」の兆候が出ており、妻の行く所どこにでも付いて行っている。


大岡川付近の桜は昨年もアップしたので、今回は津久井城付近の桜をアップすることにする。

ダム湖(津久井湖)。
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津久井城の所在地は、相模原市緑区であるが、合併前は「津久井郡城山町」であった。

そしてその「城山」の地名の由来となったのは、三浦一族の津久井氏(筑井氏)が築城したといわれる山城である。

戦国時代は、武田氏と北条氏がこのあたりを巡って何度となく戦った。

結局この辺の人達は、武田氏と北条氏の両方に属していたようである。

二大強国に挟まれた弱小国の生き方、こういうのって現代でもありそうな話である。

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城山の麓。城山ダムのすぐそばにある。
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この辺はシートを引いて飲み食いする「花見」をするような場所ではないようで、そのような光景は見かけなかった。

かなりの急斜面なので、そもそも飲食は無理か。
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城山ダムから少し先に行った山間のひなびた集落。
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以下蛇足。

三浦義継の長男が、三浦一族で最も有名な義明。
次男が義行で津久井氏(この地ではなく横須賀市の津久井)。
三男の為清は蘆名氏。
四男の義実は岡崎氏(今の伊勢原市)。

後に会津にやってきて伊達政宗に敗れるまで治めたのは、三男の系統ではなく長男の系統。
次男の末裔が横須賀からこの地にやって来て治め、とも考えられているが確証はないらしい。

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