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メイの家

Author:メイの家
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DATE: CATEGORY:読書
藤沢駅前にジュンク堂という書店がある。

大手の書店であるが、神奈川県内ではここだけのようである。

この店を知っている人は、異口同音に「品揃えがマニアック」と言う。

まさしくそのとおりで、誰がこんな本を買うんだ、と思われるような本が沢山置いてある。

おまけに、ベンチまで置いてあるし、立ち読みならぬ座り読みも可能である。




先月、藤沢で飲み会があった。

集合時間よりかなり早く着いたので、やっばりジュンク堂に立ち寄った。

マニアックな品揃えの中でも、私がつい足を向けるのは郷土史のコーナー。

ここで数々の「こんな本誰が買うんだ」という本を買ったが、この日もつい買ってしまった。




「じいちゃんありがとう ~一枚の写真から~、 奥会津 子ども 聞き書き百選1」という本である。

出版社は奥会津書房、金額は千円、自費出版のような体裁の本である。

この本は、数年前から置いてあった。

この本を初めて見たとき、「藤沢市内で誰がこんな本を買うんだ、
会津でも売れないだろう、
どういう方針でこんな本を仕入れてくるんだろう」
と率直に言ってそう思った。

このまま何年も店頭に置かれても売れないだろうし、しょうがないから俺が買ってやるかと考え買ってきた。

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小・中・高校生が、自分のおじいちゃんやおばあちゃんに、昔の写真を見ながらその頃の思い出を語ってもらい、それをまとめるという内容である。

後書きによると「福島県の南部に位置する只見川電源流域振興協議会構成町村(柳津町、三島町、金山町、昭和村、南会津町、桧枝岐村、只見町)に広く募った。」とある。

電力会社から補助金でもあったのだろうか。

それを夏休みの宿題にでもしたのだろうか。

その辺の事情は一切説明がないのでよくわからない。



小学生の文章は短くは素朴であるが何か心を打つ内容に、高校生はさすがに長文で読ませる内容に、中学生はその中間、という感じである。

祖父母からは、戦争にまつわる思い出、友達との遊び、みんなと行った旅行などの思い出が語られ、孫たちはそれを興味深く受け止めている様子がうかがえる内容である。

学校名と名前を伏せて、短いのを少し紹介してみたい。

本当は、文章が長い方のが面白いのだが、ここに書き込むのも時間がかかるので、ほんのさわりだけ。

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「にぎやかな年とり」(小学5年生)


う~ん、これは年とりのばん(晩)だな。30年ぐらい前かな。

そのころは、年とりになっとじいやの兄弟が、子めらつれてとまりに来たもんだ。

多い時は20人も集まってな。ばあちゃん達はごはんごしらえで大忙しだ。

米だってな、1回に2升もたかねと間にあわなかった。

おかずも朝、昼、晩のことだから、もう、何作っていいか分かんなくなったもんだ。

それでも年とりの夜はごちそうが決まっていて、おひらだとか、あらまきざけだとか、ゆべしやようかんも作ったのもだ。

それを食いながら、今年はいろんなことがあったな、来年は、あれやんべ、これやんべなどと話し合ったもんだ。

子めらもいとこどうしがいっぱい集まって、オセロやったりカルタやったり、盛り上がるとカラオケが始まるんだっけ。

今はみんなおとなになって、とまりに来ねえ。

静かな年とりになったなあ。

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この後に、大晦日に10人以上の子供たちや大人達がご馳走を前にして盛り上がっている集合写真が掲載されている。

室内の様子といい、なんとも懐かしさがあふれた写真である。


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おばあちゃんの思い出(中学2年生)


今71歳昭和12年5月17日生まれ。

これは冑中(かぶちゅう)の青年会として東山さ旅行に行っただ。

中学校ぬけて2年ぐらいたった時。

時は、朝5時ごろ出て、行く時はわらぞうりはいて、滝谷駅まで行って、そっから靴にはきかえて、若松駅まで行っただ。

んで、若松駅からバスで東山に行き、あっちでお昼を食べて、仙人風呂って大きな風呂があっんだわ。

そこさ女の人達は入んべって言ったのに、男の人達が恥ずかしから入んねって言って、仙人風呂入んねで見ただけで帰って来ただ。

そのころな、東山っていうと、行くどき若松から山の中を通っていっただ。

今は、若松から家がつながって、どっから東山だかわからなくなっている。

面白がったかって?

面白がったかわい。東山も若松も初めて行っただもん。

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中学校を卒業して2年であるから、昭和28、9年頃である。

東山で撮った集合写真もなかなかいい。

ワイシャツに黒いズボンの男性に対し、ブラウスにスカートの女性は何か垢抜けた感じがする。

私も高校生の頃なら集団で混浴に入るほどの勇気はなかったかもしれない。

今なら喜んで、なんだけれども。





かわいがってくれた兄弟の戦死や家族の病死などのつらい話、
遠い道のりを歩いて通った学校での生活、
雪のため通学ができずに寄宿舎に入った冬期間の生活、
青年会での旅行や修学旅行の楽しい思い出、
今はすたれたであろう地域のイベント、
等々の内容。

話しながらつい泣いてしまうおばあちゃん、それを聞く孫、素朴だがいい内容だと思う。

しかし、作品のひとつひつとに「会津学研究会」という方々の、解説のようなわけのわからないコメントが付いているのは、どうにもいただけない。

どうせ書くならもっとましなコメントを書いてもらいたい。

やっぱり解説などいらないな。

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DATE: CATEGORY:ローカルニュース
JR東海は9月18日、リニア中央新幹線について、詳細な走行ルートと中間駅の所在地を発表した。

神奈川県内の駅は、当初予定通りの横浜線の橋本駅であった。

そして、橋本駅から山間部に入った山梨県境の「鳥屋」には、車両基地が作られるという。



このリニア中央新幹線については、賛成も異論もあり、いろいろ議論のネタになっている。

しかし、今回は、それには触れない。


リニア中央新幹線の車両基地ができるのは「鳥屋」だが、これは「とりや」とは読まず「とや」と読む。


この地域は、現在は相模原市緑区であるが、合併前は「津久井郡津久井町」である。

津久井郡はこの他、城山町、相模湖町、藤野町があった。



以前から気になっていたのだが、この津久井郡にはどういう訳か、地名の読み方に「ひねり」があるものが多い。

難読というほどでもないが、なんで? というのがある。



「鳥屋」もなぜか、「り」が抜けて「とや」である。


以下知っている範囲で思いつくままに上げると、

三ヶ木 ⇒ みかげ
寸沢嵐 ⇒ すわらし
千木良 ⇒ ちぎら
平代山 ⇒ へいたいさん
三 井 ⇒ みい
鮑 子 ⇒ あびこ
日 連 ⇒ ひづれ
牧 野 ⇒ まぎの
吉 原 ⇒ きっぱら
馬 本 ⇒ まもと

三井は、三井寺みいでらが有名だしそう珍しくはないが、つい「みつい」と言いたくなる。

牧野は、「まぎの」よりは、ふつうに濁音のない「まきの」の方がいい易い。



ある時、物知りを自認しているこの近辺出身の人にその理由を訊ねてみた。

「あの辺の人は、面倒くさがりやなんだよ。

寸沢嵐(すわらし)なんか、本当は「すんざわあらし」なんだろうけど、主要な部分を残して省略した。

吉原(きっぱら)、馬本(まもと)なんかもそれだと思う。

三ヶ木(みかげ)は、なんでもでかい三本の木があったという話だが、それ以上は知らない。

後はよくわからない。」

との回答であり、さっぱりわからなかった。



ネットでも調べてみたがよくわからない。


知っている方がおられたら、ぜひ教えてください。


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DATE: CATEGORY:映画
渋谷のユーロスペースで、映画「ハーメルン」を見てきた。

ユーロスペースに行ったのは、一体何年振りか。

東横線が地下に入って以降初めての渋谷で、まずは地下で右往左往。

そして、ユーロスペースへは、昔のいい加減な記憶を頼りにろくろく調べもせずに行き、ホテル街をさんざん迷ってしまった。


窓口で切符を求めると、係りの若い女性は何も聞かずにシルバー料金にしてくれた。

まあ、どっから見てもシルバーなんだけど、割引で嬉しいやら嬉しくないやら。

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ロビー
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観客は、中高年のみ。

若い人は誰もいない。



さて、この映画は福島県大沼郡昭和村の、今では廃校になっている「喰丸小学校」で撮影されたものである。


上映が開始され、喰丸小学校が写った場面、或いは元校長が校歌を歌う場面などで、押し殺したようなざわめきを聞くと、観客に卒業生が居たのかもしれない。


映画の内容を拙い私の文章で紹介しても仕方がないので、公式サイトを是非ご覧いただきたい。

公式サイトはこちら


大変映像が美しい。

奥会津の秋の美しさが余すことなく映されている。

そして、雪の中の葬儀の模様。

なんとも郷愁を感じる光景である。



パンフレットに坪川監督が「ハーメルンノート」という欄で映画が完成するまでの経緯を書いているが、これが結構面白いので、少し長くなるが紹介したい。

パンフレット表紙
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以下「ハーメルンノート」からの要約だが、年表風に整理してみる。

【2008年秋】
何年も前に見つけて壁に貼った「二階建て木造校舎」の写真を見ながら「ハーメルン」を書き上げる。
そして、銀杏の大木がある木造校舎という映画の撮影に相応しい場所を探すため全国各地60カ所以上回るが見つからず。

【2008年の暮】
情報が入り雪をかき分け昭和村に行ったら、何と壁に貼ってあった写真と同じ場所であった。
大喜びしたが、案内の人から春に解体するという話を聞かされる。
ここから昭和村に通いつめ、役場の人を説得し、2009年に撮影を完了させるという条件の下、解体を延期してもらう。

【2009年夏】
撮影に入ったが思うように進まず、各方面に頭を下げ1年延期をしてもらう。

【2010年春】
福島県に撮影応援団ができ募金や劇中で使う2万羽の折鶴を集める活動がスタート。

【2010年7月】
たまた撮影地の元小学校に立ち寄った際、車いすのおばあさんとそれを押す女性三人にあう。
車いすのおばあさんはこの小学校の元教師で95歳、そしてその娘さんと孫二人。
まるで映画の場面のような光景。
車いすを押していた女性の息子さんが映画関係者とのことで、縁によりその後プロジューサー就任。
昭和村の血が入っているプロジューサー誕生。

【2010年10月】
夏から再度撮影に入ったが、他の銀杏の木は色づいてもどういうわけか校庭の銀杏だけは黄色にならない。
そして葉が青いまま、季節外れの突然の大雪で葉が落ちてしまい、またしても撮影の延期。

【2011年3月】
東日本大震災発生。

【2011年10月】
この年の銀杏は機嫌がよく10日で秋の撮影終了。
雨が降ったのは、銀杏の下で行う祭りのシーンの撮影時のみで、映画でも実際の天気に合わせて祭りを校内で行うことにした。

【2012年3月】
冬の撮影シーンで、福島県内のみならず全国から集まった10万羽の折鶴使用。

【2013年春】
映画完成。

【2013年7月】
昭和村でのお披露目上映会での際、一人の中学生が駆け寄り恥ずかしそうに「小学生の僕を素敵な映画に残してくれて、本当にありがとうございました。」と言われ必死に涙を堪える。





ど素人が余計なことを一つ。

倍賞千恵子さんが元喰丸小学校教師の母を介護する役での出演だが、えっと思うぐらい老けて見えた。

小学校の卒業生の野田(西島英俊)が40歳前後の設定として、それを教えた元教師の母親綾子(風見章子)は80歳前後となる。(定年間際で教えたとすれば、90歳でもおかしくはないけども。)

とすれば、その娘は50歳前後が妥当で、無理しても60歳だろう。

倍賞千恵子さんは、どうにもその程度の年齢に見えなくて・・・。

以前ならこんなことなかったのに、誰しも時間には抗えない。



もう少し若い人、例えば宮崎美子とか風吹ジュンとかでもよかった。

ん? 「八重の桜」になっちゃうか。



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DATE: CATEGORY:電車の中の人々
8月末、出張に出かけてのことである。

この日もうんざりするほど暑かった。

駅に行くため、ある病院の前のバス停でバスを待った。

バス停のベンチには、先客のおばあちゃんがいた。



「暑いですね。」と私から声をかけた。



「暑いね。でもこんなぐらいどうってことない。」

ここからおばあちゃんの一方的な話が始まった。

「最近の若い者は鍛え方が足りない。昔は、体だけではなく心も鍛えたもんだ。

何せ軍事教練だからそれゃあ大変なもんだった。

いっちにいっちにと、鍛えたもんだ。

私は昭和2年生まれだけども、昔、樺太で鍛えたもんだから、こんなに元気で病院にも通える。


樺太でねぇ、終戦迎えたときは、17歳だよ。

今の高校生だよ。

終戦になったけど、ソ連が攻めてきて戦闘があったりして、結局内地へ帰れず抑留されてしまった。

死んだ人も多かった。

戦争でも、抑留されてからも。



毎日毎日働いたもんだ。

でも、体を鍛えていたからどうってことなかったよ。

内地に変えれることが決まった時、ソ連の人が言うんだよ。

ここで働いて結構財産できただろう。

日本に帰らずここにいた方がいいよ。儲かるしいい生活できるよ。

内地なんか行ったことないだろうから大変だよって。




そう進められたけど、日本がいいって言って帰ってきたよ。

引き揚げ船はボロ船で沈みそうだったよ。


仕事何やっていたかって?

あそこにはねぇ、製紙工場の大きい工場があったんだよ、あそこで働いたていた人が多かった。


何せコメはできない。あの頃は北海道だってコメはダメだったんじゃないの。

コメは内地からの輸入だよ。

畑ではねぇ、砂糖大根を作っていたよ。

見渡す限り砂糖大根だよ。冬は寒かったねぇ。

でも体と精神を鍛えていたからねぇ。」


話をまとめるとこんなところであった。

しかし、話の途中に「最近の若い者はだらしない。鍛え方が足りない。昔は、体だけではなく心も鍛えたもんだ。」

というのが、再三再四入った。

そして、こちらから聞いたことにはあまり回答は無く、話したいことを話すだけであった。



もう少し、樺太の話を聞いてみたかったが、バスが来ておばあちゃんは、サッサとバスに乗っていった。


私が乗るバスとは、行先が違っていた。







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DATE: CATEGORY:イベント
かねてから一度見学したいと思っていたJAXA相模原キャンパスに行ってみた。

JAXA相模原キャンパスは、JR横浜線の淵野辺駅から徒歩20分程のとこらにある。

住所でいえば相模原市中央区由野台。




余談であるが、淵野辺駅は、特に青山学院が進出してきたあたりから、朝のラッシュは大変なものである。

駅の構造が昔のままで、現在の人の数に対応していない。



淵野辺駅の改札を出るとこの巨大な看板。

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街のあちらこちらにもこのような標識。相模原市も力が入っている。
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JAXA相模原キャンパス正面入り口。
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正式名称はこれ。
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敷地の中は緑も多い。
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敷地内の配置。
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通常は入れる施設はここだけらしい。それも1Fのロビーのみ。
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まずは、やっぱり「はやぶさ」。
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オーストラリアでの回収時の写真。
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歴代の衛星やらロケットやら所狭しと置かれている。
解説はあるんだが、こちらに知識がなくて理解できないものもある。
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生協。小さい生協であるが、やはりここならではのものある。
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宇宙食、これだけは他の生協にはないだろう。
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食堂にもスペースプレートが。
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研究者の皆様も時にはゆっくり飲んでください。
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私は、鉄腕アトムやM78星雲から来たウルトラマンで育った世代である。

はやぶさの件もあり、興味は尽きない、

しかし、この施設は研究施設であり展示施設ではないということは、十分承知しつつも、展示品が所せましと並べられ、ごちゃごちゃし過ぎである。

解説ももっとわかりやすくして欲しい。




実はこの隣に相模原市立博物館がある。

そこでJAXAから貸し出された「はやぶさ2」などの展示がされている。

こちらは、場所も広く系統だった展示で解説もわかりやすかった。

さすがに、専門の博物館である。

ただし、宇宙関連の展示は9月1日までであるが。



ところでエプシロンの発射はどうなるんだろうか。

JAXAの展示物には、この件に関するコメントのようなものは無かった。
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