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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:ガーデニング
ご近所から、日日草の苗をいただいた。

下の写真のように、あまりにひどい状態を見かねたのか。
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確かに放ってあるのだが、この季節は毎年ここから日日草が生えてきて、植えるところがないほどになってしまう。
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弱ってきたパンジーに変わり生えてきたペチュニア。
そして分りづらいが、その傍には日日草が芽を出し始めた。
毎年これを移植する。
移植しなくともパンジーが枯れると急に元気になりあっという間に大きくなる。
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とは言ってもせっかくいただいた苗なので、ありがたく植えた。
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このプランターのキンセンカも数年前に植えたのが、毎年キッチリ生えてくる。
手間がかからず嬉しい限り。
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グラジオラスは、球根だから毎年生えてくるのは当たり前と言えば当たり前だが、大したものだ。
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今年の我が家のアジサイはちょっと元気がない。
雨が少ないせいか、手入れを何もしてないせいか。
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芝生に生えてくるこの花を、芝刈の時にいつもどうしようか悩んでしまう。
で、結局そのままにしておく。
これも毎年同じことの繰り返し。
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妻が庭のグラジオラスを挿してくれた。
この一輪挿しは、中学の同級生の作品。
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さて、異例に早かった今年の梅雨入りだが、梅雨明けも早いのだろうか。

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DATE: CATEGORY:イベント
1ケ月前、千葉に蛍見物に行ったが、あの続きはどうした、という催促をいただいた。

参照 蛍見物

確かに「つづく」と書いておいた。

その時はつづきを書くつもりではいた。

が、どうにも書く内容が悪口になるので、気が進まなくなり、やめてしまった。



催促もあったので、遅くなったが、続きを書くことにする。



千葉県内のOさんの別宅に宿泊したの金曜日であった。

翌日の土曜日は休みであったため、帰り道に多少寄り道をした。




まずは、久留里城。

由来は、左下の写真の看板に書いてあるが、見難いので以下Wikipediaをコピー。

「久留里城は室町時代に上総武田氏の武田信長によって築かれた山城(古久留里城)で、以降は信長の子孫である真里谷氏が支配した。
戦国時代には真里谷氏は衰え、代わって里見氏の拠る所となり、里見氏によって再構築され(新久留里城)、佐倉城と共に対北条氏の最前線を担った。
その後、江戸時代には久留里藩の藩庁として再整備され、酒井氏の加増地となった17世紀末から18世紀半ばを除いて、近世城郭として明治維新まで維持された。」


どういうわけか、看板もWikipediaも滝沢馬琴の書いた南総里見八犬伝には、全く触れていない。

虚構の小説とはいえ、ここが舞台なのだから、一言ぐらいあってもいいのでは、と思うが。

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ここは山城であるので、ハイキングにはいい。

今は道が整備されているが、昔の道も一部残っている。

毎日ここまで下から通勤というか登城してきた武士たちは大変だったろう。

毎日遠距離通勤しているわが身にとっては、他人ごとではない気がする。

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三万石の小さな大名だから仕方がないが、天守閣もやけに小さい。

再建された天守閣は、鉄筋コンクリートの2層3階建て、延べ面積は約190m3、高さは15m。

天守閣だから、床面積が1階2階3階で異なるが、単純平均では80m3ちょい。

普通の民家と同じぐらいの規模である。

ちゃちい。


江戸城だって大火で燃えた後は天守閣は再建しなかった。

小さな大名が、無理して天守閣を作ることもなかったかもしれない。

ましてや現代になって、観光のためだろうが再建なんかしなくてもよかったのに、とついつい思ってしまった。

これを見て感動する人はいるのだろうか。



下の写真は上総掘りの現物大模型。
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お昼は、千葉県内房地方のご当地ラーメン「竹岡ラーメン」。

又は「竹岡式ラーメン」というらしい。

またこれも、Wikipediaをコピー。

「竹岡ラーメンの特徴は独特の作り方にある。
スープは、醤油ダレに麺茹でに使用した湯(または何も入れず沸かした湯)を入れるのみである。
その醤油ダレにはしっかりと肉のうま味が溶け込んでおり、湯を加えることで見た目は濃いがまろやかな味のスープとなる。
薬味には玉葱の角切りを使う。」

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ここの店は大変な評判という話を聞きつけた「となりのじろろ」さんのたっての希望で、あっちこっち道を間違えながらようやく到着した。

彼は何度かここに来たことがあるらしいが、あまりの長蛇の行列のため、一度も入ったことがないという。

この日も開店30分前ぐらいに到着したのだが、かなりの人が並んでいた。





私は家が貧しかったので、好きなだけラーメンが食べられることが、子どもの頃の夢あった。

だから今でも、どんな時でもラーメンを頼んで残すことはなかった。

基本は、スープまで全部飲み干す。



しかし、この日は途中でギブアップした。

このラーメンは私の味覚には全く合わない。



まず、薬味の玉葱が多すぎて、匂いと味が強烈。

これは、頼まなければいいのだが、これがポイントなんだと思って頼んでみたのが裏目。


次に。麺が乾麺。

いわゆるインスタントラーメンを食っている感じ。

家でならまだしも、店で乾麺ってどうなの。


そしてチャーシューが巨大で量が多いし味が濃過ぎ。

まあこれもチャーシュー麺を頼んだからだが、それにしてもあまり旨くない。


とどめのスープは濃厚というよりショッパ過ぎ。

とても飲み干せない。



食べ物というものは、それぞれ好みがあり、極めて主観的なものである。

数多くの有名人も訪れており、色紙が沢山あった。

遠くからわざわざ来て、長い行列をつくってまで、食べに来る人も多い。

店は満杯どころではない。

大変な混雑である。




でも私には、ダメだった。

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DATE: CATEGORY:動物
公園の中で散歩をしていると、亀を発見。

亀なんかそう珍しいものではないが、場所が場所だけに少しビックリ。

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どこからやってきたのかは、容易に想像がつく。

この近くにある水辺から来たものと思われるが、亀の歩む速度を考えると結構なものがある。
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水辺に戻してやろうかとも思ったが、何らの理由があってここまで来たのだろうと思い直し、やめておいた。
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ついでに、すぐ側に「ど根性サツキ」があった。

こんな所にまで生えてくるんだから健気だ。
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DATE: CATEGORY:日常生活
叔父が亡くなったという知らせがあり、6月4日葬儀に参列するため会津に帰った。

叔父は亡き母の弟である。

叔父は、二人の息子があったが、その息子二人が小学生になるかならないかの頃に奥さんに先立たれてしまった。

男一人で息子二人を育て上げた。

長男は私より4歳、次男は7歳下であったので、家も近く小さいころはよく遊んだものである。






叔父は長男とは同居していたが、次男は遠く北陸で生活していた。

ところが少し前に、次男が妻子を連れてUターンしてきた。

おまけに、Uターンしてきた孫の一人は地元で教職に就いたという。

叔父の喜びはいかばかりであったか、想像に余りある。




葬儀は、神道式で厳かに行われた。

次男の娘さんがお別れの言葉を述べた。

祖父との思い出が語られ、グッとくるものがある。


その思い出の中に

「お祖父ちゃんは、父のことを『シンジ、シンジ』って呼んでいたけど、どうしてなんだろうとずーっと思ってました。

だって父の名前は『シュンジ』なのに。

それが会津に来て初めてわかりました。会津弁だったんだ。」




会場から少し笑い声があったが、私には驚愕の話であった。

「シンジ」だと今の今まで思っていた。





この日も我が兄から「あれがシンジだ」と言われ、彼の前に行って「シンジ君、どうも御無沙汰してます。

何十年ぶりかな、でも子どもの頃の面影が残ってるね。」などと挨拶した。

葬儀が始まる前の控室でも、皆「シンジ」と呼んでいた。

中には、「シュンジ」という声も聞こえたが、別の誰かのことだろうと気にも留めなかった。




亡くなった叔父や我が母は、はっきり言って「シンジ」ではなく「スンズ」と呼んでいた。

叔父も遠く北陸に行った際や、孫達が来た時は正確に発音しようと思い「シンジ」と言ったものと思われる。

微笑ましい。





私は日帰りのため、火葬場までは行かずに帰路についた。

帰りの車の中で、義姉も今日初めて「シュンジ」と知ったと大笑いになった。

義姉も我が兄と結婚して三十年、親戚の状況などは私などより詳しい。

兄は火葬場まで行ったため確認していないが、「シュンジ」だと知っていたのだろうか。




名前の漢字を見たことがなかったのか、と言われそうだが「シンジ」と読むものだと信じて疑わなかった。

特に名前の読み方は特殊なものがよくあるし。

まあ、今回の場合誰が読んでも「シュンジ」と読むだろう。

しかし、子どもの頃から私の周りでは誰もが「シンジ」と言っていたので全く疑ったことがなかった。



知らなかった。

会津弁恐るべし、であった。



その会津弁ももはや絶滅危惧種になりつつある。




叔父さんお世話になりました。
ご冥福をお祈りいたします。







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DATE: CATEGORY:うちの猫



今朝新聞を取りに外に出て驚いた。

マックロクロスケのような、毛糸の塊のようなものが庭を飛び回っていた。

四匹の子猫であった。

その傍には、お母さん猫がこちらを威嚇し立ちはだかって、子猫を逃がそうとする。

野良猫ながらあっぱれなふるまい。

感動した。



家の中に入りしばらく窓から様子を窺っていると、子猫の木登り大会が始まった。

家族に教えると全員集まって見学。

家族にも大うけ。

なんともかわいい。



しかし、この野良猫の親子、これからどうする。

我が家の庭に住みついてしまったようだが。

餌をやるわけにはいかず、家の中には既に猫がいるし。

ほうっておけばそのうち大きくなり、どこかに行ってしまうだろうが・・・・。

それでいいのか。


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