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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:白内障手術
〇視力回復

手術直後から目は見えたがどうにも馴染めず、病院を出て駅に着いた頃ようやく冷静に周りを見られるようになった。

そして、九日経った現在では大分慣れてきた。



・右目と左目で色が異なる。全体的に青白く見える。

医師によると「本来の色」の見え方が左、また「いずれ脳が調整する」とのことで、現在では大分青白さが減少してきて、右で見たのと遜色がなくなってきたが、まだ若干差が残っている。



・クリアに見える。

乱視矯正の関係からか極めてコントラストがくっきりとしクリアに見える。

そして、何よりも明るい。

ただし、像が若干歪む感じがする。



・視力1.0

手術翌日の検診では視力1.5であったが、聞いてもらえなかっただけで実はもっと下も見えていた。

これには驚いたが、医師によると「しばらくすると落ち着く」とのことであり、その後の検診ではヤマカンでようやく1.0。

今ではもう少し落ちてきているようで、コンタクトの右目とだいたい同じぐらいであった。



・老眼は直らない

承知はしていたが老眼には効果はなく、本や新聞は読みづらい。

老眼鏡を使わなければ、結局は以前のように右目に頼るようである。



・焦点があうのに時間がかかる

右目と左目がバラバラでうまくマッチしないし、焦点があうまで時間がかかる。

その原因は、距離感が右と左で異なることが要因か。

遠くを見ている場合あまり問題がないが、中間距離の場合これが顕著。

ただし、単焦点ということもあり、左目は中間距離が一番よく見える。



・目の違和感

違和感の一つは、手術跡の傷が疼くことであるがこれは日に日によくなっており、今ではあまりない。

また、息子がテレビでレースのゲームをよくやっているが、画面の動きに合わせて目を動かすことができないし、画面を見ること自体がつらい。これも慣れの問題かもしれない。

違和感の最大のものは、目の中に異物がある感じなのだが、目の外のコンタクトレンズとどっちが異物感が強いのか、と聞かればどっちもどっち、という答えになる。



・飛蚊症が悪化


もともと飛蚊症はあったが、術後いっそう酷くなったような気がする。

医師によると、「原因は『老化』で誰にでもある。目に異常はないので大丈夫。」とのことではある。





〇総括

多少の違和感はあり完ぺきではないものの、素晴らしい医療技術だと思う。

左目はコンタクトレンズも不要になり、朝、目を覚ますといきなりクリアな視界が広がる。

視力の悪さは先天的なものかと思っており、メガネやコンタクトレンズに頼ってきたこれまでの人生の中で、初めてのできごとである。



しかし、右目の白内障手術の続編は書きたくない。

「左が白内障になったのだからいずれは右もなる」と医師から言われているが、相変わらずコンタクトレンズを使いながら、できるだけ右目を大事に使い続け、持たせたい。

と言いながら、パソコンやっているし。

こんなブログも止めるか、とも考えるが、とりあえずボケ防止に続けるかな。



長々と続けた白内障手術はこれにて完結。



皆様よいお年をお迎えください。
そして来年もよろしくお願いいたします。

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DATE: CATEGORY:白内障手術
〇手術

手術の一時間前には集合。

この日も妻に付き添ってもらった。


私の順番が一番先のようで待合室には誰もいなかったが、三十分ほどすると、順次集合してきた。


まずは血圧検査やら血糖値の検査。並行して瞳孔を開く薬を6回も点眼。

この週の月曜日に定期の健康診断があったのだが、その時も、この日も相変わらず血圧が高かった。

この段階で、「今日は手術できません」と帰された人がいたのには驚いた。

やはり相当の負荷がかかるらしい。



その後、眼内レンズの位置合わせの事前準備のために眼球に印をつける。

医師は「傷をつけるものではなく医療用のスタンプを押すようなもの、それは二週間もすれば消える」とのことである。

これは、乱視用のレンズを入れる人のみのようであった。

ちなみに、乱視には縦乱視と横乱視と二つのタイプがあり、私は前者のタイプである。



いよいよ手術台。

目の消毒と麻酔。

顔に覆いをされたかと思うと、看護師さんが手を握ってくれた。

職場の女性から「手術の時に手を握ってもらえるから若い女性がいいとか注文した方がいいわよ」と聞いていたが、とてもそんな余裕はない。


手術開始。

まぶしい。が、目は閉じることができない。

診察の時もそうだが、ライトを当てられまぶしさに耐えるだけでも結構つらい。

左目の左側が切られるのが見える。


そして、糸くずのような細い小さな管が目の中に入ってくる。

目の中を虫のように上下左右動き回る。

水晶体が徐々に壊れていくのが見える。

細かくなったところで水晶体が吸引される。


これで終わりかと一息つこうかと思ったところ、再度、管が入ってきて目の端の方を隅々まで動き回る。

また吸引。

すべて見えるのだが、いっそ見えない方がよほどよい。


そして、目の上に何か当てられ一瞬暗くなったかと思うと、目を押し付けるような強烈な圧力がかかる。

レンズを入れているらしいが、その圧力に耐えかね、看護師さん手を握りしめた。

決して痛くはないが、相当のストレス。


「ハイ終わりました。立ってください。」との声がしてホットしたが、動くに動けず。

翌日の検診で聞いたのだが、手術の時間は9分間。傷は縫っていないとのこと。


なお、妻はこの手術の模様を全部見ていたというが、逆の立場だったら私は見ない。

また、手術の様子を撮影したDVDを病院からいただいたが、見る気はしないし、この動画をアップしたら面白いかな、とも思うが自分がみたくないものをアップするのもどうか。





手術直後に、目を開けてもよいと言われたのだが、怖くて目も開けられず、片目だけ開いて手術室の外に出た。

外の椅子に座らせられ、看護師さんが「水を飲むか」とか「右目のコンタクトレンズを入れたらどうか」とか言うが、とてもそんな気にならずしばらく休んだ。


その後清算し帰宅。

手術の準備や支払いの待ち時間などすべて入れてもトータルで二時間程度であった。



〇術後のケア

飲み薬は三日間飲んだ。

三種類の目薬はなんと三か月もさす必要があるとのこと。それも最初の一週間は一日四回、その後は三回。

今後回数は減らすらしいが、勝手にやめるなと念を押されている。

今はいいが、仕事を再開すると確実に忘れそう。



そして、術後一週間は圧迫防止のため、保護メガネ(花粉症対策のメガネとほぼ同じ)を着用して寝る。

これが不思議なのだが、どういうわけか右側だけ曇る。

左右で材質が異なるとは思えないし、左側が曇らないのは目薬のせいなのか?




もらったパンフレットと医師から直接受けた注意とに多少の差があり、禁止期間など医師の方が厳しいかったがパンフレットによると

洗髪、洗顔、化粧、散歩などは術後一週間後から。

テレビ、パソコン、家事などは軽くなら翌日からOKだが通常ベースは一週間後から。

軽い運動は二週間後から、運転は一か月後から。

仕事の再開は内容によりけりで医師の判断による。




一昨日の検診の結果、今日の夜には洗髪OKの許可が出た。

そして散歩も。通院と散歩の運動量にたいして差はないと思うが。

何もしないのも苦痛である。この一週間で大分太ってしまった。

が、視力という意味ではなく、目そのものにまだ違和感があるので、走ったりする気にはならない。



見え方に対する感想は次回に。

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DATE: CATEGORY:白内障手術
手術後の目の調子もよさそうなので、手術を記録しておくことにします。



〇単焦点レンズか多焦点レンズか

眼内レンズの選択にあたり、単焦点レンズにするか、多焦点レンズにするか、すこし悩んだ。

多焦点レンズのチラシが病院においてあり、またネットでもその優れた効果について、宣伝されていた。

ただし、多焦点レンズは保険適用外で45万円ほどかかる。

とはいえ、目の中に入れるものであり、一生ものでもあるので、高くても仕方ないので多焦点レンズにしようと考えていた。


しかし、医師から「多焦点といっても事実上遠近の二焦点」、
「遠近両用メガネと同じで合わない人もいる」、
「劇的な優位性はないので本人が希望しない限り採用しない」、
「手術を受ける人の95%は単焦点」
などの説明があり、結局保険がきく単焦点レンズにした。


〇乱視矯正

私には乱視があるが、ハードコンタクトレンズを付けることにより、レンズの物理的な圧力により角膜のゆがみを矯正していた。

これがソフトコンタクトレンズでは、文字通りソフトであり目に圧力がかからないため、矯正ができない。

この乱視を眼内レンズで補正できるといい、プレミアレンズになるものの保険適用の範囲内であるという。

ただし、手術の際はレンズの微妙な位置合わせが難しいと言う。


〇右目との関係

右目はまだ白内障にはなっていないので、今後ともコンタクトレンズで生活していく。

左目の矯正に当たっては、右目と同じぐらいにしてくれるよう、医師に依頼した。

具体的に言えば、老眼のことである。

コンタクトレンズでもそうだが、近視を強く矯正すると遠くはよく見えるが、本や新聞など手元が見えなくなる。

そのため、本来ならばきちんと近視を矯正し手元を見るには老眼鏡を使用すべきなのだが、現在のコンタクトレンズも老眼鏡を使用しないで済む程度に緩めに矯正してある。

眼内レンズもこうして欲しい、というのが医師への私の依頼である。

医師は、「計算上のものと実際は異なり、必ずしも右目と同じにドンピシャリといくとは限らない」との回答であった。


また、「焦点が固定であるため、本を近づければ文字がハッキリするというものではない、最終的には、近くを見るには老眼鏡、車の運転など遠くを見るに近視のメガネと二つ必要になる」、ということあった。




まあ、自然のものと異なり人工物なんだから、仕方がない。

見えるようになればよい。


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DATE: CATEGORY:白内障手術
白内障の手術は、12月21日に予定している。

日帰りの手術であるが、手術後一週間は外出禁止の安静、さらにもう一週間は細かい字を読んだりパソコン操作、激しい運動などは禁止、とのことである。

こんなことができるのは、年末ぐらいしかないだろうと思い、九月の時点で手術日の予約を取っていた。


そんなわけで、休暇を取り12月21日から1月3日までの長期休暇となった。

二週間の休みというのは、仕事に就いてから初めてである。

新婚旅行の時でも10日ぐらいだったか。



さてこの二週間何をやるか。

子供の頃休み前だとワクワクしたものだが、手術のことを考えるとそういう気持ちにもならない。

外に出られないし、パソコンや本もダメ。

これには困った。

年末だしこの際だから、家の中の掃除が一番いいか。

この家に引っ越しして以来、まだ片づけていないものもあるし。



昨日も眼科に行ってきた。

集団で手術の説明を受けたのだが、参加者は当然ながら年配者が多い。

しかし、中には三十代ぐらいの人もいた。付添いの人ではなかった。

近所の奥さんも若くして白内障の手術を受けており、彼女の話によると「アトピーの治療にステロイド系の薬を使い、その副作用で白内障になった」ということなので、白内障の原因は必ずしも老化だけではないようである。

医師によると、強い近視がある場合、また過去に目に怪我をした場合なども、白内障になりやすいとのことである。

実際私も今回手術する左目は右目と比べて近視が強いし、子どもの頃左目に石があたって怪我をしたこともある。

個人差はあるが、年を取れば髪の毛が白くなるように、目も白くなる、とも言われている。



何が原因かわからないが、年を取るということはこういうことなんだなー、というのが私の実感である。


また、診察時には瞳孔を開く薬を使うこともあり、病院から家族の付添いを求められたため、診察の度に妻に付き添ってもらった。



妻の付添い、二週間の休みと、なにか定年後の生活の予行演習という気がしないでもない。



次回のブログ更新は、様子を見ながら・・・・、たぶん年末かな。









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DATE: CATEGORY:調査報告
昨日の地震も揺れた。

津波警報は出るし、またかとヒヤヒヤしたが大した被害は無くてなによりであった。


さて、最近公共施設や道路上に「ここは標高○○m」とか「海抜○○m」とかという看板をチラホラ見かけるようになった。

東日本大震災までは、こんなことにあまり関心が無かったため、東日本大震災以前からあったものか、最近つけられたものかはわからないが、震災以後ではなかろうか。



標高50m以上のところは、とりあえず津波は安心である、という説がある。

この説の根拠は知らないが、東日本大震災でもさすがに50mの大津波はなかったからか。




そんな折「標高がわかるWeb地図」というものを見つけた。

これは、国土交通省国土地理院のサイトで、日本国内のどこでも標高がわかるものである。

下記参照。

ここです




これが結構面白い。遊べる。


さっそく我が家を計測してみる建物のある所は48.3mで、庭の所は51.7m。

概ね50mだが、こりゃまた随分と違う数値である。

実際には、建物があるところと庭はフラットなのだが。


この地図の注釈を見ると、「4つの標高点の値を平滑化して得られる値を利用。このため、計算値は標高モデル(やそのもととなる測定値等)とは完全には一致しません。特に局所的に起伏の激しい場所(切土・盛土)では乖離の度合いが大きい。」とのことである。


我が家周辺は、山を切り開き住宅開発された、まさに局所的に起伏の激しい場所で、それも切土・盛土のオンパレードの土地である。


近所のお宅も計測してみると、やはりポイントを設定した地点の微妙なずれで数値が異なっている。

「平滑化」という手法による計算値がこのような違いをもたらしているものと思われるが、一定の精度はあるのではないか。


で、近所のお宅の数値も参考にして、我が家の標高は、大津波にも安心で切りのいい50mと勝手に決定。



我が家の周辺はアップダウンの激しい地域である。

我が家から駅までの標高を道路に沿って調べてみると、最高58.2m、最低23.8m、標高差34mもある。

これを毎日上り下りしているわけである。

あるテレビ番組で「神奈川県民の特徴として腰痛持ちが少ない。その理由は長距離通勤により電車で長く揺られること、そして起伏の激しいと土地を歩いていること。」というのがあったが、この点では私は典型的な神奈川県民。

ただし、私なんかよりもっとすごいアップダウンがある地域に住んでいる人もたくさんいる。

特に横須賀方面かな。



余計なことながら富士山山頂は3776mではなくこの地図では3772m。

母校の小学校には、標高180mという標識があった記憶があるが、この地図では179m。







このサイトは、これから住宅を買おうかな、なんて考えている人に多少参考になるかもしれない。


でも、例の10mの大津波を考えると、横浜市内の主要地域の横浜駅周辺、関内、みなとみらいあたりは、標高1~2m程度だし、相模川沿い場合、河口から10数キロ離れている海老名の東名高速の下あたりでも標高10m程度。

気にしてもしょうがないか。



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DATE: CATEGORY:日常生活
松任谷由実 40周年記念ベストアルバム、「日本の恋とユーミンと」のCDを購入した。

ここのところ、テレビや新聞でガンガン宣伝していたので、欲しくなってしまった。
2012-12-1-1.jpg

先日飲み会があった時に、待ち合わせ時間に多少ゆとりがあったので、買おうかと店を覗いていたら、
長蛇の列であった。

その日は11月20日で発売初日であった。



それでその時は断念したのだが、私が何度も言うものだから、妻が買ってきてくれた。

その時の飲み会でも、ユーミンの曲が話題となった。
なにせBGMがユーミンの曲でもあったし。

「となりのじろろ」さん曰く。

「ユーミンの歌なんか嘘ばっか。
だいたい、山手のドルフィンって山手になんかない。あるのは根岸だし。
それにあそこから三浦岬なんか見えないって。(海を見ていた午後)」

「中央高速からビール工場なんか見えないよ。防音壁が見えるだけ。(中央フリーウェイ)」


我々は、ユーミンの初期、70年代の荒井由美の時代の世代である。

この手の話をし始めると、話は尽きなくなる。


さて、「海を見ていた午後」のドルフィンには、私はまだ入ったことがない。

が、あの近くにある根岸森林公園などには随分行った。

それで、その前を通るたびに、ここでソーダ水でも頼んでみるか、いやその柄じゃないよな、と自問自答したものである。

そもそも、曲の中の「貨物船」を「貨物線」と思い込んでいた時期もあった。

「ソーダ水越しに貨物列車見て、何が面白い?」と友人に言われたのは、就職した直後である。

あの頃もそんな話をしていたんだな。


また、中央高速に乗るたびに、どこが競馬場だ、どこがビール工場だ、とキョロキョロしていた時期もあった。

で、道路は渋滞しているし、滑走路もないもんだ、といつも思ったものである。




その先日の飲み会でも言ったのだが、私には「ひこうき雲」にも思い出がある。

あるところの就職試験で「最も印章に残った人について書け」というような作文が出た。

これが全く頭に何も浮かばず、仕方なしに、

「病院に入院していた病弱な少年が、空にあこがれていつも空を見あげていた。
そしてとうとう亡くなった。
彼は死んで飛行機雲になったんだろうか。
飛行機雲を見るたびに彼を思い出す。」
というような話を書いてきた。

単なる「ひこうき雲」の詩のパクリである。

今思い出しても、恥ずかしい。赤面の至りとはこのこと。

それも原因かもしれないが、結局その就職試験は落ちた。

面接もしどろもどろで全く駄目だったが。



ただあの時代は「いちご白書をもう一度」のように、就職が決まってから髪を切ってくるような時代ではなかったものの、今の就職状況から見れば、格段にいい時代だった。

内定をもらう前に豪華な食事が出されたり、交通費も出たりと。

私でさえ3つも内定がもらえた。

その3つは業種もバラバラで、とりたてて何の考えも無く、多少知っている所に行き当たりばったりで行ってみたら合格した、というのに近い。

その中のひとつが今の職場である。

今のような就職難時代なら、とても生き残れなかったと心底思う。





残念ながらこのCDに「いちご白書をもう一度」は入ってなかった。

あれは、バンバンでなくユーミンでないとなぁ。

他にも、私としては「えっ入ってないの」という曲がいくつかあったが、まあ仕方がない。

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