プロフィール

メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


ブロとも一覧


DATE: CATEGORY:イベント
先週の日曜日、6月19日に高校の同窓会に参加してきた。

関東近辺に住む人を対象にした「支部」の高校同窓会である。

一昨年、同級生に誘われて参加したのが最初であるが、昨年はサボって行かなかったので、二年振りの参加である。


場所は、竹橋にあるホテルで、皇居の直ぐ近く。

このホテルは前から知ってはいたが、入ったことが無かった。

会場の部屋から皇居がよく見えてその緑がとても美しかった。

2011-6-25-2.jpg

2011-6-25-3.jpg

2011-6-25-4.jpg

さすがに日曜日の都心部は、車もあまり走っていない。
2011-6-25-5.jpg


同窓会には、総勢150人程の参加者があった。

同じ学年の参加者は10名、うち男性は3名と相変わらず少数である。

まず最初に事務局から、「東日本大震災のことを考え開催すべきかどうか悩んだ、しかし開催するなら何か郷土の役に立つことをしたい」という話があった。

そして会場内には喜多方ラーメン、日本酒、民芸品などが販売されるコーナーが設けられていた。

それで私も、持ち帰りがラクな、一番小さな起き上がり小法師を購入した。
2011-6-25-1.jpg



総会の後講演会があり、元母校の国語の先生によるこの同窓会の設立の経緯や、自分が教わった名物教師の逸話などを話の「枕」に、本題は「方言」についての考察であった。

この方言の話は、なかなか興味深いものであった。

いずれこのブログのネタに使いたい。

ただ、話の「枕」が長すぎて本題の時間が足りなかったり、講演者が昔の先生を思い出し感無量になり涙にむせぶなど、少々脱線が多すぎたきらいがあるが、それはそれでまた昔の授業のような感じで、面白いものであった。




さて、乾杯。

テーブルの上には日本酒がずらりと並んでいる。

例年だと故郷の酒蔵による「寄付」だそうだが、今年は風評被害への支援のために同窓会が購入したという。


私は最近酒を飲むと体調が悪くなるので今日は自重しようと思っていた。

しかし同級生の女性から、「少しずつ全部飲み比べてみようよ」という甘い誘いに抗し切れず、途中からの記憶は断片的なものなってしまった。


飲み比べた酒の中に、最近流行の軽くてフルーティな酒があった。

女性好みの酒と思ったのだが、わが同級生のつわものの女性陣からは、ダメだしがでた。

軟弱な私などは結構好きな味で、仕事の関係で一緒に飲む女性などには受ける味なんだが。


「会津に生まれるとお酒は飲めません~、なんて女だって言えないよね。」とも言っていたし、やはり昔ながらの本格的な日本酒の味でないとダメなようである。

さすがに会津の人、おそるべし。





二次会は、「若手のみで」、という話があり、東京駅近くの大手のチェーン店で行われた。

この「若手」というのが、なんと60歳以下のことであった。

まあ、参加者の平均年齢がたぶん70歳ぐらいだろうから、この私でさえもごく少数派の若手になる。

会場の大手チェーン店も、卒業生がこの会社のおえらいさんだとかという関係で、毎年利用しているらしい。

確かに、値段の倍以上の料理、という感じであった。


参加人数も減って学年を超えて話が弾んだ。

初めて会う方でも、学校関係かなと思って話を聞くとやはり校長先生であったり、警察の人と聞くと、やっぱり見たままだなーと思ったり、職業というものは外見にも表れるようで不思議なものである。





三次会は、二次会近くの居酒屋。

同級生だけで行った。

話題はもっぱら老後の話。

皆会津に帰りたがっているようである。

一人で帰ってもつまらないからみんなで帰ろう、との呼びかけがあった。

「問題は、かみさんが会津について行くかどうかだなぁ」と私が言うと、わが同級生は「私が説得してあげるわよ」なんてことを言う。

「おたくの旦那が自分の故郷に帰りたいと言い出したらどうすんの」と突っ込んでみると、「旦那の故郷になんか行きたくない、どうせ一人で会津から出てきたんだから、一人で会津に帰ってもいいんじゃない」と言う。


なんか逞しいなぁ。




飲みすぎで気持ち悪さを堪えながらようやく帰宅した。

でも楽しかった。

スポンサーサイト
| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:ガーデニング
娘が小学校の低学年の頃、給食に食べたびわの種を、庭に植えたいと持ち帰ってきた。

芽が出るものかと疑いながらも、私がプランターに植えてやった。

すると三っつほど芽が出てきた。



一年も経つと大分大きくなったので、鉢に移し替えて育てていた。

娘は、一番大きいのをタロウ、二番目はジロウ、三番目はサブローと名づけていた。

もっとも、水や肥料をやっていたのは、私である。





その後数年も経つと、びわはかなり大きくなってきた。

一方その頃には、娘はすっかりびわなんかに関心をなくしていた。



三本もびわの木があっても仕方が無い。

それにびわは大きくなるし、水遣りも大変である。



それで、一番小さいサブローを養子に出すことにした。


場所は、近所の公園。

日曜日に、スコップで穴を掘って植えてあげた。

いつか実がなったら取りに行こうと密かに考えていた。



ところが、数日後何者かに、びわの木をぞっくり引き抜かれ持ち去られてしまった。

公園管理者が、「こんなところに勝手に植えるな」と除去したのではなく、近所の誰かが庭に植えるために持ち去ったのではないか、と私は思った。


今頃は、どこかのお宅ですずなりの実をつけている、是非そうあって欲しいものだと願っている。





その翌年頃に、今度は、二番目に小さいジロウを、「がけ」になっている庭の片隅に植えてあげた。

このジロウは、どんどん大きくなって枝を切るのに苦労した。

実もつけたのだが、「がけ」のため取りにくく、鳥のえさということにして見ているだけであった。

その後、この家は引っ越してしまったが、近所にあるため今もジロウは見ることができる。

ただ、道路からは見える角度が悪く、実がなっているのかは不明である。

が、他の家とはいえ、ジロウはこの地にしっかり根付いた。








最後のタロウである。

ずうっと鉢植えのまま放置されてきたため、あまり大きくならず、何度も枯れかけた。

最初の頃とは異なり、水も肥料もあまりやらなくなってしまった。




しかししぶとく生き抜いてきた。

現在地に引っ越すときに、よほどゴミとして捨ててしまおうかとも思ったが、自分で運んできた。

庭の隅の日あたりの良いところにおいていたが、昨年の夏の猛暑の時には、げんなりしていて気の毒だったので、多少日陰にはなるが、植木の間のところに鉢を移した置いた。

どうもこれがよかったらしく、元気をとりもどしたようであった。

また、以前よりは多少余計に水や肥料も与えてはいが。




タロウは、今年は初めて実を付けた。

芽が出て以来何年経ったのだろうか。

三兄弟の中では一番苦労をしただろうな、可愛そうに。



実を食べてみたら結構旨い。

娘や息子の弁当にも入った。



鉢の底の隙間から根が地面に伸びて、地植えと同じ状態になっているらしいので、地面に植え替えずにこのままにしておくことにした。

苦労した分逞しい。

隣の木に負けずに大きくなって欲しい。

なにせ我が家の惣領である。
2011-6-18-1.jpg


実が沢山なっていたのだが、あっという間に取りつくしてしまった。

来年は、きちんと写真をとらなきゃ。

2011-6-18-2.jpg

| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:イベント
6月11日、朝から雨である。

テレビは、東日本大震災から三ヶ月ということで、特集番組をやっていた。

被災者の大変さ、原発問題の深刻さ、政治の醜さ、どれをとってもテレビに出ている人のいうことに一理はあるとは思うが、暇だからといって、もうこの手の番組はあまり見たくはない。

正直言って、気分がめいるだけなのでやめてくれ、という心境である。





そんなことで、午後はパソコン三昧。

私がパソコンをやる位置は、ダイニングテーブルの上が多い。

昨日もそうだった。





パソコンに没頭していると、いつの間にか夕方になっていた。

そして、娘が学校から帰ってきた。

「今日は何の日?」と私に聞いてきた。

「えっ? 今日は何の日って、そんなことも知らないの? 東日本大震災から三ヶ月経った日だ。」と答えた。


「テーブルの上に花が飾ってあるし、ごはんもいつもと違うよ」と娘が言う。




そういえば、私がパソコンをやっている前で、さっきから妻がテーブルの上に花を生けたりしていた。

ここでハッと気がついた。


そうだ今日は結婚記念日だった。

よく見ると、冷えた赤ワインまで出ていた。

いつの間に・・・・。





妻は言った。


「パソコンに熱中して大変ねぇ。こんな側でやっいるのに、全くか目に入らないの? 何も気がつかないの?」

以下省略。

なお、私がパソコンを直ぐに閉じたのは言うまでもない。

2011-6-12-1.jpg



庭のアジサイ。

梅雨のシーズンといえばやっぱりこの花。

そういえば結婚式の当日は雨ではなかったと思うが、その前後ば雨だったかなあ。

2011-6-12-3.jpg

| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:電車の中の人々
毎日通勤電車を利用しているが、片道4路線で3回乗り換えている。

駆け込み乗車などしたくはないのだが、朝、乗り換えの一駅だけどうしても駆け込み乗車になってしまう駅がある。

階段を駆け上り、そして駆け下りるのは、やはりしんどい。

息は切れるし、足がもう上がらなくなってきており、こんなことで階段で転倒したりしてもつまらない。


駆け込み乗車を防ぐには、もっと家を早く出るしか方策はない。







ところで、駆け込み乗車でヒヤッとした場面に遭遇したことがある。

数年前のことである。

路線は、相鉄線。

春先のポカポカした陽気の平日の午後のことであった。



私は、ドアのすぐそばの座席に座っていた。

電車はガラガラで、乗客は私の周りには反対側の座席に一人男性が座っていただけである。



陽気もよかったせいか、私は、ボーとしていた。

電車がある駅で止まった。
(あまりにもボーとしていたため、駅名すら覚えていない。)


発車のベルがなった時、ホームに下りてくる階段を、二人の子供をつれた若いお母さんが駆け下りてくるのが見えた。

お母さんは両手に一人ずつ子供と手を繋いでいたように見えた。

子供は、幼稚園の年長組と年少組ぐらいの年齢であったか。





お母さんは、子供に「急いで、急いで」とか「ガンバレ、ガンバレ」とか声を掛けながら、駆け下りてきて電車に駆け込んだ。


私の座っていた席は、こういった光景がちょうどよく見える位置であった。




電車に駆け込んできてお母さんは子供達に言った。

「よかったねー、間に合ったねー」



ここで、電車のドアが閉まり出発するはずであった。

ところが、電車は動かなかった。



発車に間に合って、子供に話しかけたはいいが、二人居るはずの子供は年長の一人しかいなかった。

子供が一人何故かいなくなってしまった。

お母さんは動転してしまった。

そして、ただオロオロしているだけであった。




この光景の一部始終を、ボーっとしながら見ていたはずの私も、何が起こったのかわからなかった。


私の前に座っていた男の人が、「電車を動かすなーーー、子供が落ちたーーー」と車掌さんに向かって大声で叫んだ。


ここで私も何が起こったのかようやく気がついた。




車掌さんと駅員さんが直ちに駆けつけた。

そして、電車とホームの隙間に落ちた子供を引きづりあげた。

子供は泣いてはいたが、怪我はしていなさそうであった。




お母さんは電車から出て真っ青になっていた。

子供を連れて再び電車に乗り込む気力もなく、ホームにしゃがみこんでいた。




その後電車はドアが閉まり、出発した。


しばらくして「駆け込み乗車は大変危険ですからお止めください」というアナウンスが流れた。






駆け込み乗車をするたびに思い出す光景である。



| BLOG TOP |

copyright © 青い鳥はここにいたよ!! all rights reserved.Powered by FC2ブログ