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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:日常生活
昨日、実家の兄から、身不知柿が送られてきた。

買ったものかと思ったら、買ったのは箱だけで、中身は庭に植えてある柿をとって詰めたと言う。

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実は、昨日の午後から、発熱、悪寒、せき、のどの痛み、頭痛と、いわゆる風邪の状態がひどく、夕方から寝込んでしまった。


この数年間、風邪も引かなかったので、珍しいことである。

ある人が言っていたが、年を取ると、風邪も引かなくなると。全くそのとおりである。

昨年のインフルエンザ騒ぎも、どこ吹く風(風邪)で、咳の一つもでなかった。




体調の悪さを電話で、柿のお礼かたがた兄に言うと、「酒でも飲んで早く寝ろ」という。

さすがにこう具合が悪いと、酒を飲む気にもならず、柿をひとつ食べてそうそうに寝た。

柿のおかげか、今日の午後から幾分体調が戻ってきた。




近頃柿が食べたくて、スーパーでよく買ってきて食べたが、味がいまいちであった。

やっぱり柿は、会津のものに限る。

さて、明日はまた仕事に行かねば。


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DATE: CATEGORY:節約生活
一昨日
通勤時間帯には雨が降っていなかったものの、午前中からかなりの雨となった。
天気予報によると、台風が関東地方を直撃するらしい。

かなりの量の雨に濡れて帰宅し、風呂に入っていると、突然「自動」のランプが消えてしまった。

何度ボタンを押しても、直ぐに消えてしまう。だんだん風呂はぬるくなって来る。




やばい!


直ちに風呂を出て、家族に直ぐに入るよう促す。

家族がそれぞれ風呂を直そうとトライするが、誰がスイッチを押し直してもどうにもならない。


こりゃ故障だなあ~。





昨日
朝、給湯器メーカーのノーリツに電話をする。

ノーリツの人:「あー、その番号ですと1993年製造ですから、修理の部品はありませんねぇ。およそ10~12年ぐらいが寿命のめやすですねぇ。」



私:「買い換えるしかないってこと? 買い換えれば、値段はどのぐらいになの?」

ノーリツの人:「最新の同じタイプですと、カタログ価格ですが、だいたい40万円ぐらいですね。」

私:「え゛ーーーー。」




まあ、とりあえず給湯器の状態を見てもらうことにしたが、本日は混んでいて行けないという。


40万円は痛いが風呂なしの生活はできないしと、あれこれ考えながら、仕方なく、夜は風呂なしで寝る。





今日
台風がいよいよ接近してきているが、上陸はしないもよう。

朝から土砂降りの激しい雨が降っている。
時折、強い風も吹く。



こんな天気の中、ノーリツの人が来てくれた。

ずぶ濡れになりながら、給湯器の蓋を開けて点検。

ノーリツの人:「とりあえずは、復旧しました。

何かの拍子で、安全装置が作動したと思いますが、こういう症状が出るのは、寿命の前兆ですね。

1993年製でよく持っていると思いますよ。

でも、これからどこまでもつかはわかりませんねぇ。

それにこういう天気の時には、故障が多いんですよ。雨、風ですね。」




よかったあーーー。

その後も激しい雨の中にもかかわらず、

○ また同じ症状が出たときは、電源を抜いてみると、復旧する可能性がある。

○ 40万円というのはあくまでカタログ価格だから、インターネットで探したり、住宅メーカーや、ガス会社を経由したりして探せば、もっと安くなるはず。

○ ノーリツ製でなくとも、フィルターを交換する可能性があるものの他社製品でも大丈夫。

○ 我が家の使用している給湯器は、当時の最高グレードのものであるが、もっとグレードを下げてもいいのではないか。

○ エコジョズにすれば、ガス代が安くなる。

などのアドバイスをもらった。




台風の中、ノーリツさんありがとう。

我が家の経済事情から、当分は今のを使い続けますが、どうしても駄目になったら、また、ノーリツを買います。




給湯器が直って、早速風呂に入った。


やっぱり風呂は気持ちがいい。
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DATE: CATEGORY:家族
私が将棋を教わったのは父からで、小学校の中学年ぐらいであったか。

父と、時には兄と何度も将棋を指したが、全く勝つことはできなかった。

それも小学校までのことで、中学になると将棋を指すこともなくなった。

小学校を卒業して以降では、中学の頃、友達の家に遊びに行った際、友達の父と指したのと、高校の頃下宿していた友達のところで2~3回指したことがあるぐらいである。

ということで、いまもって将棋のレベルは小学生並みである。





一方、息子はこの夏休みは、私と妻は仕事、娘は部活&補習のため一人で留守番することが多く、時々妻の実家に遊びに行っていた。

その時に、義父から将棋を教わってきた。

なお、義父は将棋二段の実力者である。



そしてこの7月下旬から、しばしば息子と将棋を指すようになった。




夏休み前半
私の一方的な展開で、テレビを見ながらでも勝てた。

「もっとシミュレーションしてから打てよ」とか「相手が何故そこに打ったか考えてみろよ」とか息子には指導していた。




お盆
私の実家に行き、息子は毎日私の父と将棋を指した。

父は、脳梗塞の影響で右手が不自由であり、最初は左手で指していたが、そのうち夢中になると不自由な右手を動かして指していた。

リハビリには丁度よかったか。

孫相手に、少しは負けてやればいいのに、と思って見ていたが、父は全勝していた。

私が子供頃にも全勝していたので、性格は変わらないらしい。

そして息子に「○○(息子の名前)とお父さんとどっちが強い?」と聞き、息子は、「お父さんの方が強いよ」と答えていた。

このやりとりを聞きながら、やれやれ父の頭の中では俺はまだ小学生の頃と同じかよ、おかしいやら、がっかりするやら、妙な気持ちであった。




夏休み後半

初めて息子に負けた。

まあ、負けてやった、というのが正しいかも知れない。

大半は、まだまだ私の圧勝ペースであった。




9月

実力が接近してきたのでかなり白熱した勝負になってきて、決着に時間がかかるようになった。

考えている時間は、圧倒的に私の方が長い。

負ける回数も増えてきたが、全体で見れば私の勝率は8割ぐらいであった。

ただ勝ってもきわどい勝ち方で、土壇場の逆転勝ち、のような勝ち方であった。




10月
10月2日は、娘の学校の文化祭であり、息子と二人で行ってみた。

学校に着くとあいにくかなりの雨が降り始めたので、時間つぶしに「将棋部」という教室に入ってみた。

中高校生同士、あるいは教師と中高校生が机で将棋を指していたが、机が一つ空いていたので、息子と指してみた。

指しているうちしばらくすると、いい年したおやじが、小学生と将棋を指しているのが珍しいのか、3~4人のギャラリーができてしまった。

他人の目もあるし、手加減せず圧勝しようとし、もうあと一手というところまできたのだが、どういうわけか、あれっ、と思う間に、逆転負けを食らってしまった。

息子は、満面の笑み。


駅までの帰り道も大喜び状態であったので、私は「俺に勝ったからといってそんなに喜ぶんじゃない。俺の棋力は大したことがないんだよ。おじいちゃん(私の義父)とは違うんだよ。」と言いきかせても、息子は「俺にとってはこれは大きい」と言って、ご満悦。





この日から形勢は逆転してしまった。


私の連戦連敗。全く勝てない。

負け方も、おしい、という負け方ではなく、完敗、手も足も出ないような負け方。

どこで教わったのか、いやなところに打つなーー、という指し方をする。


「もっと考えて打った方がいいよ」とか「それでは駄目だよ」とか指導される有様。




相手が息子とはいえ、やっぱり悔しい。

先週、大人げも無く、何度も待ったの上、やっとのことで連敗を止めた。




連敗が止まると、不思議なことに多少勝てるようになってきた。

現在、息子相手の勝率は3~4割ぐらいか。

「だいぶうまくなった」と息子にも褒めてもらっている。




最近息子は義父からもらった詰め将棋の本が愛読書になっている。

もはや、棋力の逆転は望めそうに無い状態である。




情けない。悔しい。でも少し嬉しい。

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DATE: CATEGORY:イベント
たぶん学校の運動会をネタにするのはこれが最初で最後かと思う。

昨日息子の小学校の運動会があったが、もう来年からは来ることが無くなる。




三々五々と小学校へ向かう人たち。
車ではどうという坂道ではないが、歩くとこれがなかなかの坂道である。
下って、上って、また上る。
その先もまた山あり谷あり。
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小学校に着くと、すでによい席は取られていたが、子供達の通行の邪魔だからと、先生方がシートをどけていた。

子供が減ってきたせいか、かつての熱気はなくなったような気がする。

それとも子供が大きくなってきて、我が家が運動会に熱心で無くなったから?

この写真の近辺は、我が家では毎年食事をしている恒例の場所である。
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今年から赤、青、白の三色対抗である。昨年までは、黄色もあって四色であった。

以前は全学年4クラスであったのだが、今では3年生以下は3クラスに減ったためである。

それでもこの辺では、それなりに人数のいる方であり、1学年1クラスも珍しくない。






さて、息子が出たの競技は、100m競争であったが、なんとぶっちりぎりの大差をつけた一位であった。


6人ぐらいで走って、3~6位ぐらいがこれまでの定位置であったのだが、どうしたことか。


息子もよほど喜んでいるだろうとお昼に聞いてみると、足の早い人と遅い人にグループ分けしてあり、遅いほうのグループで走ったから、とのことであった。
少しもうれしそうではなく、不満のようす。

親の私に似ず、息子は割合大柄のほうであり、そういえば、一緒に走った同級生はみな小柄だったような気がする。
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かつてほどの熱気と観客数はないが、それでも観客は熱心である。
特に、騎馬戦や綱引きでの観客の応援はすごい。

おばあちゃんまで、「アオグミーー、ガンバレーー」って叫んでいるし。
騎馬戦で「後ろから帽子をとるのはずるい」とか言って憤慨しているお母さんもいるし。

まあ、最初から最後までシートの上で寝ている人もいるが。
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運動会の一番の楽しみは、なんと言っても昼食。
中には、コンビニ弁当の人もいるし、どうやって食べるの、と思うほどのすごい量の超豪華弁当の人もいるし、様々である。

かつては、校庭の片隅でバーベキュウをやってビールを飲んでいる人も見かけたが、さすがに最近はそんな人はいないようである。
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これはクラス毎の絵のようである。
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この時期、校庭にいて日が当たると暑いし、かといって校舎の日陰にいて風が吹くと寒い。


そんな思いをしながら、毎年通った子供達の運動会は、これで最後である。

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DATE: CATEGORY:イベント
9月25・26日の一泊二日で、私を入れて友人4人で伊豆高原に飲み&温泉に行った。



宿泊先は、貸し別荘。

素泊まり、露天風呂つき別荘一棟借り、料金2万円。(全部で)
最大7人泊まれる。

たまには、こういうのもいいか、と思い私が選択させてもらった。



車のルートは、横須賀から逗子・鎌倉を経て、そのまま海岸線沿いで伊豆に行ったのだが、結構スイスイ状態。かなり早めについた。

到着2時と、あまりに早く着きすぎて、チェックインできない。
がそのおかげで、別荘の本館というか、付随するホテルの温泉に、無料ではいることができた。

フロントのやさしいお姉さんが気を利かして温泉のタダ券くれた、とその時には思ったのだが、最初から、そういうセットになっていたのかもしれない。

温泉はなかなかよかったし、まあ、気を利かしてくれた、と思っておこう。



別荘外観。
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別荘入り口。
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別荘内部。
中二階があり、実質三階建ての感じである。
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この食堂が中二階にあり、カーテンの向こう側が露天風呂になっている。
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露天風呂。いまいちという感じはするが、こんなものだろう。
他に内風呂もある。
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食事は、取り寄せも可能であるが、一人の人から作ってくれるという申し出があったので、完全におまかせになった。

ただ、「食べきれないほどの量になる」という懸念があったので、「みんなアラフィフなんだから少なめに」と注文をしていたのだが、やっぱり予感が当たった。



馬刺し、ステーキ、煮豚、刺身、サラダ、漬物、その他・・・そんなに食えるわけない。

おまけに翌朝は、五合のご飯を炊く。

やっぱりまだ昔の記憶が残っているんだな~、二十代の頃の量が食べれた時期の。


ところが何故か、酒は、まだ飲めるだよな~。
一升瓶一本、四合瓶二本、缶ビール多数を消化。


とはいえ、飲んで食ってただけの私。
ここで、買出し・調理・運転を担当したWさんに、厚く御礼申し上げます。
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翌朝は、この地の定番、大室山に行く。
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麓から山頂を見上げる。一面のすすき。
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日差しは強いが、風が心地よい。
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消防車は来ているし、火事のようであるが、真相はわからない。
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帰宅の途中、赤沢温泉の海岸の側にある露天風呂に立ち寄る。


無料で誰でも入れるが、脱衣所も何もない。

元々は、近くの民宿の温泉だったようであるが、現在は放置されていて、ここを使っている近所の有志の方が手入れをしているらしい。
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先客が一人いた。
なかなか話の面白い陽気なおじさんで、風呂につかりながら、この風呂に出没していた面白い人たちの話をしていれた。

○詐欺師というか、ほら吹きというか、そんな人の話。
○集団で来ていたヌーディストグループの話。
○怪しい中年カップルの話。

そんな話なので、ちょっと詳細に書くのは憚られる。

おじさんの独演会は続いたが、時間が来たので出発。

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温泉の前は直ぐに海。




途中で見かけたなんだかよくわからない観音様。
この下の土産物屋で少し買い物をした。
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伊豆に行ってから時間が経っているので、どうも調子が出ない。
やっぱり、賞味期限内に書かないといけないな。

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DATE: CATEGORY:独り言
今日は不快なことがあった。

他にも書くべきネタはあるのだが、不快なこともまた人生の1ページであり、記録することとした。


初めにお断りしておくが、私は、特定の宗教の信者ではないし、神社にもお寺にも参拝する。
神社のお札やお寺のお守りは持っているが、家の中には、仏壇も神棚もない。
娘の学校はキリスト教系であるし、そういえば私の結婚式はホテルの教会であった。
まあ、なんでもあり状態。




一週間ほど前に、中学の同級生であった女性、Kさんから電話があった。
会えないか、話を聞いてもらえないかと。

二十年ほど前にも一度会ったことがある。
その時彼女は、やはり同級生であるSさんも連れて二人できた。

その時の記憶があり話の内容は聞かなくてもわかるので、断ろうかとも思ったのだが、小さな村の数少ない同級生でもあり一時間程度世間話でもして帰ろうかと思い承諾してしまった。



今日、午前中駅前で待ち合わせた。
元々背の高い女性であったが、久しぶりに会うと横にも大きくなっており、かなりの大きさ。


駅前の喫茶店で話を始めるやいなや、いきなり「日本は滅びる」などと大きな活字の表紙の本を取り出す。

某宗教団体の勧誘である。


二人で話しているうちは、まぁよかった。

ところが、み知らぬアラカンの女性が入ってきて、まくし立てる。


「あなたの生活に不安は無いですか?
この国に不安は無いですか?」


「この国の借金は大変な額ですよ、いずれ破綻しますよ、尖閣列島みてみなさい、
その時家族やローンはどうするんですか、大変なことになりますよ、この国はだめになっています、
でもまだ間に合います。○○上人の教えを聞きなさい」


この手の勧誘は、不安を煽ることを第一とする。
いってみれば、不安と教義のセット販売である。


こうなれば、仕方が無いので、私としては、「全く不安は無い」の一辺倒しか手はない。


ギリシャの借金とは質が違う、
十八世紀のイギリス政府は今の日本よりもっと巨額の負債を抱えていたにも関わらず破綻しなかった、それは対外債務ではなかったからである、
というような、聞きかじった知識を振りかざす。
本当のことは知らない。



また、子供への虐待や親を殺したりする昨今の風潮、社会不安を煽る

「大変な世の中になっているよ、知っているでしょう?」


私としては、相手の土俵に乗りたくはないので、また、つまらぬ知識をふりかざすしかない。
今の日本の殺人事件は、実は戦後最低の数値である。
殺人事件が多く感じるのは、マスコミの報道の量が多いからで、安全な国なのだ。
意図的に、不安を煽るようなことを言うのはおかしい。

と、いうようなことを言っても、相手は畳み込んでくる。


次に相手は、病気の不安を煽る

Kさん本人も乳癌になったそうだが、信仰の力により完治した話、そして中学の同級生で初めて亡くなったFさんの病気も乳癌であった話が続く。
近所づきあいをしていたとか、子供の年齢が同じたったとか。
KさんとFさんの差を強調したいらしい。
つまりは信仰の差を。


病気が治った話は、どの宗教でもよく聞く話であり、否定はできない。
しかし、信仰の力というのは、潜在意識を活用することであるとも言われており、特定の宗教の教義や作法を借りなくとも良いのだ、というようなことを言っても、とても聞いてもらえない。
あたりまえか。



次に来たのは、地震の不安を煽ることである。

「ローンが残っている家が潰れたらどうする、家族が圧死したらどうする」ときた。

私は、人生何があるかわからないが、何があっても、明るくくじけずに立ち上がること、と子供達によく言っている。そして粘り強く生き抜くことを目標としている。

答えにはならないが、とりあえずそのようなことを言い、だから不安は無い、とつっぱりの一手である。






はっきり言って、私は相当腹を立てていた。

冷静なものの言い方ではなかった。

というのも、特にアラカン女性のガチガチぶり、その話し方、話の内容、どれをとっても不快であったので、ついそうなってしまった。
全く人間ができていない。
反省はするが、今となっては仕方が無い。


私が何か反論するたびに「あなたはキリスト教? あなたは幸福の科学? あなたは共産主義者?」と、何らかのカテゴリーというか、色に染めて見ようとする。



一時間、という約束であったが、腹を立て三十分ほどで席を立って帰ってきた。


その帰り際に、携帯で時間を確認した。
私の携帯には、会津の立木観音で買ったお守りの鈴がついており、動かすとチリンチリンと音がする。

その携帯の鈴をを見てKさんは、「ああ、念仏系ね。チリンチリンとなるたびに不幸になるわよ。」と言った。

まあ、彼女は、彼女の実家の近所にある有名なお寺も相当馬鹿にしていたが。





「幸せなのね」と皮肉そうに言れれば、「あー幸せだよ、完璧だよ」と、強がるしかない。



しかし、私ができの悪い頭で、素朴に考えていることは、
その人が幸福であるか不幸であるかは、その人の心のあり方で決まるのではないか、ということである。

他の権威や、他の力を借りてくる必要は無い。







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