プロフィール

メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


ブロとも一覧


DATE: CATEGORY:病気
今年も春一番がきた。


♪~雪がぁとけて川になって流れて行きますぅ
♪~土筆ぃの子が恥ずかぁしげ顔を出しますぅ
♪~もうすぐはぁ~るですねぇ


私にとって、春のイメージとは、春一番とともに、雪が大地の中に沈みこむように消えていき、木々がいっせいに芽吹いていく、そして新しい学年や学校に進み、自然も人間も成長を実感できる季節、というものである。

そう、本来は喜び溢れる季節である。


それが、この数年、苦痛の季節となってしまった。


・酒がまずくて飲めない。
・肌がガサガサしてくる。特に顔。
・熱はないけれども、寒気がする。
・鼻の奥がきな臭い。
・のど、扁桃腺が腫れて痛い。
・知らない間に鼻水がたれて来るので、ティッシュが話せない。
・くしゃみが止まらず連発する。
・目と目の回りが異常にかゆい。
・目をこすりすぎて、コンタクトレンズができなくなる。
・鼻が詰まって、息苦しい。そのため夜も眠れない。これが一番つらい。


去年も同じ記事書いたなぁ。
去年の記事


酒を飲んでもまずいし、楽しくない。
飲むとますます悪化する

ような気がする。

ということで、しばらく禁酒することにします。


スポンサーサイト
| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:ラーメン
今から二十数年前
に、川崎市の溝ノ口で仕事をしていた時期がある。

そのころの溝ノ口周辺は、高い建物など無く、少し駅前を離れると畑や雑木林のあるのどかな地域であった。



勤務先の直ぐ近くに小さな長崎チャンポン屋があった

当時は外回りが中心の仕事であったため、昼食時に職場にいることは滅多になかったが、いる時は時々はその長崎チャンポン屋に昼飯を食べに行った。


カウンターしかない小さくて狭い店で、十人も入ると一杯になった。

既に六十歳を大分過ぎた
と思われる大柄なおじさんと、奥さんである小柄なおばさんの二人で店をやっていた。



その店に対する職場の人の評価は良くなかった


味はいいのだが、なにせチャンポンが出てくるのが遅い。


店に12時5分頃に入りチャンポンを注文すると、おもむろに具を刻み始める。
そしてなんだかんだやって、チャンポンが出てくるのが12時45分頃で、店を出るのは当然12時55分頃になってしまう。

チャンポン1杯食べるのに約一時間かかってしまう。

そんなことで、職場の先輩などは、この店にあまり行かなかったが、私と年齢の近い友人などは時々行った。




そして、昼だけではなく、たまには夜も飲みに行った。

つまみは、さつま揚げと煮物とあまり種類は無かったような気がする。


夜の方は、酒やつまみが出るのが遅い、ということは無かったが、客が飲んでいると、そのうちおじさんもカウンターの隅で少しずつ飲み始める。

酔って長崎弁で陽気にしゃべっているうちはいいが、やがて仕事にならなくなり、最後は寝てしまう。


そして、店は一切合財、小柄なおばさんがやることになる。
何か気の毒な感じもした。


昼も夜も値段はあまり安くはなく、客もあまり多くはなかった。


しかし、おじさんとおばさんの人柄のせいか、我々だけはその店に結構いったものだ。

その当時の仲間と飲むと、不思議とこの店はよく話題となった。
みなしきりに懐かしがった。







○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



先週の日曜日、二子玉川に用事があり出かけた帰り、ふと思い出し遠回りをし、溝ノ口に行ってみた。

駅前のあまりの変わりようには唖然とした。
高層ビルが建ち、ペデストリアルデッキでは大道芸をしている人もいる。
随分と変わったものだ。
大都会である。


昔の面影はないものの、道は変わっていない。

小さな長崎チャンポン屋のあった敷地は、大きなビルになっていた。


あのおじさんおばさんも、もうとっくにこの世の人ではないだろうし、あの店があるわけはないな、と思いながらぶらぶらすると、20~30m先に長崎チャンポン屋があり、思わず入ってしまった。


カウンターだけで店は小さい。
店は、おじさんとおばさんとアルバイトの三人。

チャンポンを頼むと、昔のあの店とは違い、出てくるのは早かった。

チャンポンの味は、昔食べたあのチャンポンとよく似ているような気がした。



同じチャンポンなんだから、似ているのは当たり前、と思いつつ、おばさんに「昔、この近くにあった長崎チャンポン屋と同じ店なのか」と聞いてみた。

すると、あのチャンポン屋を譲り受けて、4年前に開業した店だということであった。


あのおじさんのチャンポンの作り方を継承したが、変えた部分もある、味はどうか? と聞かれたので、よく似ていると答えたが、二十数年前のことでよく覚えてはいない。

が、特に具の感じがよく似ているような気がした。
注文を受けておもむろに刻み始めたあの具の感じだ。



あのおじさんも4年前に亡くなったと言う。

私のように昔の店を懐かしがる客が、たまに来るとも言っていた。

チャンポンが1杯1050円で、あまり安くない点もよく似ていた。



あのころみんな若かったなあ。


| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:仕事あれこれ
仕事関係の飲み会で国母選手の件が話題になった。

この飲み会の参加者は、私が最も若いという、おじさん集団である。

ちなみに、国母選手が競技を行う数日前のことであった。


「テレビ見ているとさぁ、あの服の着方を、「個性」とか言っているやつらがいるんだよ。
そんなもの「個性」とは言わないんだよ。
「個性」というのは持って生まれた性質みたいなものをいうんじゃないの。
最近、やたら個性、個性とか言ってるけど、何勘違いしてるのって」



「駅にいるだろう、高校生で制服だらしなく着ているやつ。
ズボンずり下げてさぁ。
ズボンの裾で、トイレの床掃除してんのかよ、っていうようなやつ。
大学行って、いつまでやってんだよ、場所考えろよ。」



「そもそもあのスタイルは、警察に捕まった黒人が、ベルトをはずされ連行されている姿だとか、囚人服が原型なんだとかっていうよね。
わかってんのかな。それがカッコいいって、アホだよ。」



「いまじゃすっかり禿げたけど<昔は俺なんかも長髪で、ズボンの裾は広がっているのを履いていた。
やっぱり世間からみれば顰蹙もんだったかもなぁと思ったよ。」



「でもさぁ、あの頃はあそこまで世の中舐めていなかったような気がするよ。
そういう場面がくれば、みんなそれなりの格好はしたもんだよ。」



「反省なんかしなくてもいいから、せめて反省した振りぐらいはしろよ。
何だよあの口の利き方は。もう大人なんだからよ。」



「国の代表なんだから、税金で行ったのだから、といってる人もいるけど、その言い方はなんか感じがよくないよな。
そういうあんた何様だよ、と言いたくなるよなあ。」



「朝青龍も同じなんだが、そもそもスポーツ選手に品格なんか求めるな、ってんだよ。そんなものが競技に何の役に立つんだ、っていうの。
人格も優れ、競技能力も優れ、ってそんなやついたら気持ち悪くないか。
体育会系にそんなもの求めるのが間違っている。」



「じゃあ、メダルとれば、優勝すれば何をしてもいいのか、となるよな。
いくら何でもそれはだめだろう。」



「最近のマスコミは、「いい人」を求めすぎなんだよ。
いじめられ、怪我をして、年齢やいろいろなハンデを克服して、家族や仲間に支えられ、日々つらいトレーニングに励み、自分を信じて頑張りました、っていうような話ばっかりだよ。
なんかワンパターンなんだよ。
そしてこういうやつが出てくると、叩く、叩く。」



「金メダルとってさ、こんなものたいしたものではありません、ってモハメド・アリみたいに川に投げ捨てられるようだとカッコいいよね。」


「あの話は、事実かどうかわからない、モハメド・アリの伝説を作るために黒人差別とからめて創作されたもの、という説もあるんだってよ。
まあ、そんなものかなぁってのもあるかな。」


と、この辺までは、みんな元気だった。
しかしある人がポツリと言った。



「ひと事じゃないんだよ。
実はうちの職場に作業服を、ああいう風に着ている若いやつがいるんだ。
最初は目をつぶっていたが、安全の問題があるからちゃんと着ろと注意した。
ハイわかりました、という返事で、早速直していた。
なかなか素直な奴だ、と思ったのだが、2~3週間も過ぎるとまた元に戻った。
しょうがないから又注意すると、やっぱり直ぐになおすんだが、3~4週間も過ぎるとまた元に戻る。
その繰り返しなんだよ。」



「そういえばうちにもいるなあ、作業服だらしなく着ているの。
笑い事じゃないよなー」



「うんうん、うちにもいるんだよ、シャツ出しているやつ。」


「俺のところもだよ。まいったよ。」


とみんな急に静かになってしまった。

私は、これを聞いていて、一人で大うけしてしまった。

| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:日常生活
昨日帰宅すると、お姫様とお内裏様だけ出してあった。

お雛様を出すのは2月19日の雨水の日がよい、と職場で妻が聞いて、急遽出したとのことであった。



残りは、今日20日に出した。

我が家のお雛様は七段飾りである。

毎年のことながらどのように飾ってよいのかわからない。

買ったときの写真があったのだが、いつの間にか無くしてしまい、それ以降は結構いい加減に飾っていた。

しかし、今年はインターネットを見ながら、正確に飾ってみた。

2010-2-20-2

2010-2-20-3.jpg


インターネットをあれこれ見ると、いろいろウンチクが書いてある。

出すのが「雨水」、仕舞うのが「啓蟄」という決まりはない、とか、

「お内裏様」という言い方は間違いである、とか、

お内裏様は本来は向かって右が正しい、欧米の影響で大正天皇の即位式の時に左右を反対にした、その影響でお雛様もそうなった、関西では今でも向かって右にお内裏様を置く、とか。

まあ、お雛様には娘の成長を願う親の気持ちがこめられていれば、細かいことはどうでもいいや、という気もする。



そういえば、独身の女性、それも年齢がいった人が、自分のためにお雛様を買うのがはやっているとか。

これにはなんとコメントしたらよいのか・・・・・・。



| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:日常生活
インターネット&電話を「光」にして以来、不都合が二つあった。


一つは、電話にブーンという雑音が入ってしまうことで、これはKDDIの人に来てもらった。

KDDIから派遣されてきた人があれこれやっていたが、結局、原因はACアダプターが電話と共鳴してしまうということで、ACアダプターを別のメーカーに交換したら直った。

わかってみるとなんのこっちゃ、という感じである。


もう一つは、これまで使っていた無線ランが使えなくて無くて困っていたことである。

しかし、これは友人が我が家に来てくれ、子機を持ってきてくれた上、無線ランの設定をしてくれて解決した。


ようやく、不自由が解消。
これで前のように、どこでもパソコンができる。

きてくれたWさんありがとうございました。
設定しているそばで、オリンピックの開会式を見ていてすみません。


もうひとつ困っていることがあって、それはパソコンが遅くてしょうがないこと。
メモリー不足?
じゃあこれについても、Wさんよろしくお願いします。

我が家の暖房はコタツしかないので、いや正確にはコタツしか使っていないので、
寒くてしょうがないでしょうが、酒は多少あります。





| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:家族
2月6日は母の命日なので、お墓参りに実家に帰った。
往復ともに高速バスであるが、一人は寂しいので息子を誘った。

出がけに見た天気予報では、北陸・東北地方は荒れるということであったが、別にあまり気にもしなかった。

朝9時半発の高速バスに乗り、佐野近辺まで来ると、白河からは降雪により高速道路は閉鎖との表示。

これを見て運転手さんは、鬼怒川、会津田島経由で行くとルートの変更。



日光へ向かう高速度は、大渋滞。
ようやく抜けると、とんでもない吹雪が始まる。

吹雪で前が見えず何度か立ち往生したが、運転手さんは結構飛ばす。

バスに乗ってる方も気が気ではないが、心配しても仕方ないので車窓から写真を撮る。

2010-2-11-1.jpg

2010-2-11-2.jpg

2010-2011-3.jpg

道の駅でバスの前に止めた車。
ここに着くまでの苦労が伺える。
2010-2-11-5.jpg

ようやく夕方5時過ぎに、会津若松駅の近くでバスを降りたのだが、駅がどっちかわからない。
吹雪がすごくて周囲がよく見えないし、人っ子一人通らず聞くこともできない。
右往左往していると、息子が何か音がするからこっちのほうだと勝手に歩き始めたので、ついていくとほんとに駅であった。

駅からタクシーに乗ったのだが、こっちもフラフラ走り心もとない。

何度か田んぼに突っ込みそうになった。
そして、ようやくわが集落の入り口付近までくると、ここで勘弁してくれ、と泣きが入る。
猛烈な地吹雪の中、何も無い田んぼの中、「こんなところで降ろされても困る」と言ったのだが「もうこれ以上いけない」と言う。

まあ、あと200mぐらいのものだから仕方が無いと思い、タクシーを降りたのだが、降りてみると車の中とは大違い。目も開けていられないし、周りが全く見えない。

集落に繋がる道がどこかわからない。ひょっとして降りるところを間違えた?  と内心動揺していると息子が集落名を書いた看板と道路の入り口を見つけてきた。

もう安心と歩いていくと、何度か田んぼに落ちそうになる。
「道の真ん中歩いたほうがいいよ」と後ろから来る息子が言う。
いや、そのつもりなんだが、、、。

こんな状態だと日ごろから子供に言っている「どんなにボケても生まれたところと親の顔は忘れない」「俺の子供頃は雪が1m以上積もるのは当たり前だし、気温はもっと低いし、吹雪ももっと凄かった。俺は雪に強い。」という言葉も、なんか信憑性に欠けるなあ、、、。

「目が悪いから仕方が無い」この言い訳も駄目かなぁ。




翌日は一転快晴。

2010-2-11-6.jpg

2010-2-11-7.jpg

兄と3人で雪を掻き分けて墓参り。
花も線香も持って行かなかったけれど、こんな状況では母も許してくれるだろう。
2010-2-11-8.jpg

2010-2-11-9.jpg

2010-2-11-10.jpg


7日も高速道路は一部不通であった。
それで、高速バスは下郷町から白河市へ出るルートであった。
天気はいいし、こんなことでもないと、冬にこんな方面を走る機会はないし、景色は最高であった。

2010-2-10-12.jpg

伝統的会津の家屋。
最近大手ハウスメーカーの家が多くなってきており、景観としては面白くない。
しかし、それは観光客の勝手な思いか。
2010-2-11-14.jpg

2010-2-11-11.jpg

2010-2-11-13.jpg

2010-2-11-15.jpg

東北自動道で栃木に入る。
もう雪はほとんどない。ほんの少しの距離でなんでこうも違うのだろうかとつくづく思う。
2010-2-11-16.jpg

スカイツリー。
お恥ずかしいが、建設はもっとずうーーーと先の話だと思っていた。
もうこんなにできていたと知らなかった。
2010-2-11-17.jpg

白河までの一般道路で、高速バスの運転手さんは、こわごわ走っている首都圏ナンバーのバス、トラックを何台も追い越した。さすがに慣れている。

そして、高速道路を使って到着する予定時間とほぼ同じ時間で到着した。

そういえば、往きのバスもあの吹雪の中、運転手さんは、一般道路でもスピードを落とさず走っていたし、ワイシャツ一枚で外に出ていた。
おそるべし。さくら交通。
| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:日常生活
今日の午前中は、健康診断であった。

結果は、血圧が137~100でレッドマークがついていた。

身長は0.5cm縮み、体重は1kg増える。

そのほかは、糖尿病予備軍&動脈硬化予備軍、といわれた。

詳細なデータは後日郵送される。


その診断をしてくれたのが、ちょっとヤンキー風の若い女医さんであった。

そのしゃべり方といったら柳原可奈子そっくり。あの携帯CMの。

やれやれ、お笑いかよ。まともに聞く気がしないよ、全く。



まあ、いかにも勉強はできます、というふうはあるんだけどねぇ。

医者には違いないんだけど、「今日はハズレ」と思ってしまった。


やっぱりお医者さんと言うのは、男女にかかわらず60歳前後の、様々な経験を積み知性豊かなムードたたえた、落ち着きのある人がいいなぁ、と思ってしまう。




午後からは出勤のはずであったが、娘の具合が悪く休暇をとり、家に帰り近くの病院へ連れて行った。

診断は、案の定インフルエンザ。

金曜日の夕方ぐらいから具合が悪くなり、土日には39度を超えた熱が出ていた。

娘の学校は、学年閉鎖。
いよいよ我が家にも襲来。



こちらの医者は、70歳近い男性医師。

「もう平熱以下になっているので、すること何もないですよ。後は家で寝て、よく休んでください。まあ後2日は安静にしてください。」と検査のみ。

なんかいかにも手馴れた感じ。
安心感があるなぁ。


やっぱり女医さんとは、キャリアの差かな。

それとしゃべり方ね。
「柳原可奈子」にはまいった。

| BLOG TOP |

copyright © 青い鳥はここにいたよ!! all rights reserved.Powered by FC2ブログ