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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:日常生活
実家の兄からりんごが届いた。
なかなかいいりんごで味がよい。

先日同じように兄からとどいた柿は、子供たちが争うように食べ、あっという間に無くなってしまった。

今回のりんごも同じ運命であるが、妻が隣家に何個か配ったらしい。
そしたら、数日後、隣家からなんと粟まんじゅうをいただいた。


デパートで会津の物産展をやっており、隣家の方がそこで買ってきたとのことであった。

私もそれを聞いて物産展に行ってみたかったが、連日、仕事の帰りがけに酒を飲むはめになり、デパートのあいている時間には間に合わず、結局物産展も終わってしまった。



この饅頭屋さんは、柳津の中で一番うまい、と常々実家の兄は言っていた。
その真偽は私にはよくわからないものの、粟まんじゅうは好物である。

粟まんじゅうは、家族が一個ずつ、そして大人気なくというか、メタポも気にせずというか、私が三個食べてしまった。

できたてのほかほかでうまかった。

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DATE: CATEGORY:日記
 先日、エンピロさんのブログ記事に対して「朋遠方より来る有り、というところですか。」とコメントしたところ、「まさしく『朋有り遠方より来る。亦楽しからずや』でした。」との返事があった。

 論語の「有朋自遠方来」に読み方が幾つかあることは、高校の先生が漢文の時間に言っていたので多少は知ってはいたが、三十数年もたった今頃に、それは何故なのだろうか、と疑問が涌いてきた。

Web漢文大系によると、→Web漢文大系

有朋自遠方來 … 後藤点では「朋あり、遠方より来たる」、
道春点では「朋、遠方より来たるあり」と訓む。
なお、武内義雄は「有朋(とも)(友朋)遠方より来る」と訓んでいる(『論語』岩波文庫、『武内義雄全集 第二巻』所収)。


とのことである。

道春点とは、林羅山(道春)のつけた訓点で、後藤点とは、後藤芝山のつけた訓点であり、どちらも江戸時代の学者である。
また、武内義雄という人は、1886年(明治19年)の生まれの東洋学者・中国哲学研究者で東北帝国大学名誉教授だそうである。(ウィキペディア(Wikipedia)』による)

しかし、ここでまた疑問が涌いてくる。
それは、読み方が異なると意味が若干異なるのではないか、ということである。

「朋あり、遠方より来たる」は、友人がいる、その友人が遠くから訪ねてきた?
「朋、遠方より来たるあり」は、友人が遠くから訪ねてきている??
「有朋(とも)(友朋)遠方より来る」の場合、「有朋」には複数形のニュアンスもあるのではないか???

そのほか、「有(友)朋、遠きより方(なら)び来る」という読み方もあるらしいが、この場合は、複数の人が整然とならんで来ている、というようイメージも涌いてくる????
参照


それにしても読み方としては、一体どれが正しいのだろうか。
大学者の先生方がそれぞれ言っているのだから素人が口を出しても仕方がないが、もともと中国語なのであるから、日本語に読み下すことに無理があるのかもしれない。

現在、中国語を母国語とする人達が大勢日本に来ているが、中国語としてはどれが正しいのか、このことについて記載したサイトは見つけられなかった。




学びて時にこれを習ふ、亦説ばしからずや。朋有り遠方より来る、亦楽しからずや。人知らずして(うら)みず、亦君子ならずや。

學而時習之 不亦說乎 有朋自遠方來 不亦樂乎 人不知而不慍 不亦君子乎
(ウィキクォート(Wikiquote)「孔子」より)


メイの家の解釈

高校時代に習った漢文を三十数年の後の今頃に思い出し、これを調べてみる。
学問の世界は深く年をとって勉強するということは、なんともよいことではないか。
遠くにいるブログ友達がコメントをくれる、見ず知らずの人でもまるで昔からの友人のようで、なんとも楽しいことではないか。
このブログが多くの人に見てもらえなくても、どうってことはないではないか。




なお蛇足ですが、最近、試しにブログのアクセス解析をしたところ、意外や意外にアクセス数があることが判明しました???
どこかで誰かがみているもので、うかつなことは書けないと自戒しています。
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DATE: CATEGORY:横浜名所
今日は小春日和の穏やかな日であった。

近所の称名寺は、紅葉の見ごろにははまだ少し早い。

子連れでベビーカーで散歩する親子、犬の散歩の人、絵を書いている人、七五三のお参りの家族、レジャーシートをひいてお弁当を食べている人、などなど平和で暖かな午後である。

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息子は新しい自転車を買ってもらったので、乗りたくてしかたがない。
それで、息子と自転車で称名寺に行ったのだが、帰り道は少し遠回りをして帰った。
といっても、6~7kmぐらいだろうか。
自転車は最近ほとんど乗ることがないが、高校生までさんざん乗りまわしていたので、まだまだ息子に負けない自信があった。
しかし、なんといっても山坂が多い。
最後にはついていけなくなり、休憩を頼んだ。

やっぱり運動不足かな。
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DATE: CATEGORY:野口英世と横浜
長浜ホールは、旧細菌検査室とともに、長浜野口英世記念公園の中に設置されている。
100席ほどの小さなホールと練習室などがある。

休日には、午前中から落語やクラッシック系の演奏会が行われている。
出演者は若手で無名の人が多いが、入場料も安く家から近いので、私もたまに行くことがある。

また、演奏の練習をしている音が外に聞こえることもあり、ラッシックが好きな私にとっては、得した気分になる。

しかし、ここは緑が多くてよいのだが、駅からは遠いし、住宅以外には周りに何もない。
なぜここにこのようなホールを作ったのか謎である。

詳細はここ

長浜ホールHP

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ホールの中には、やはり野口英世関連の資料が展示されている。
時には「特別展」のようなものも開催されたりする。

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等身大の野口英世。
明治9年生まれの日本人としては、決して小さいほうでは無かったかもしれない。
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自動販売機も野口英世仕様である。
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窓の外は旧細菌検査室。
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なぜここに、横浜高校の甲子園連覇記念の色紙があるのかわからない。
が、この長浜ホールのまん前が、横浜高校の野球のグラウンドがあるので、そのせいかも知れない。
熱心なファンが望遠鏡を持って道路から練習を眺めている。
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かつての地形を再現したジオラマが展示されていた。
海のそばにあるのが、検疫所である。
我が家は検疫所の後ろの山の中にある。
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DATE: CATEGORY:野口英世と横浜
旧長浜検疫所の細菌検査室は、現在の横浜検疫所に隣接している「長浜野口記念公園」の一角に保存されている。

内部は、野口英世関係の資料や、かつて旧細菌検査室で使用されていた機材などが展示されている。
なお、入場は無料である。

この検査室の保存に当たっては、小暮葉満子さんという方が荒れ果てていく野口英世ゆかりの旧細菌検査室を見て、これを保存しようという運動を開始され、それも20年近くもの長い運動の末にようやく実現したという。
詳しくは、こちら

旧細菌検査室

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内部に入るとすぐに、野口英世の胸像に迎えられる。
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入り口付近に、猪苗代町の野口英世記念館のチラシが置いてあった。
このチラシに使われた写真と同じ写真が展示されており、出展はこれか、と納得してしまった。
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野口英世の奥さん。
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細菌検査室での検査の様子。
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これらの古い機材も展示されている。
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横浜検疫所のホームページによると
■安政(1859年) 6 年 6月 横浜港開港
■明治(1879年) 12 年 7月14日 海港虎列刺病伝染予防規則公布
■明治(1895年) 28 年 3月 長浜検疫所設置(現金沢区:長浦消毒所の移転)
■明治(1899年) 32 年 5月 野口英世採用(所縁の細菌検査室を野口記念館として、
平成5年2月横浜市に払い下げ)
■大正(1924年) 13 年 長浜検疫所新築(前年の関東大震災による災害復旧)
■昭和(1938年) 13 年 1月 横浜検疫所に名称変更(厚生省所管となる)
となっている。



検疫所がこの地に作られたのは、伝染病の感染を防ぐために、人里はなれていることが必要であったためという。

この公園はちょっとこぶりの公園であり、犬の散歩の人や小さな子供を連れた人々が気軽に立ち寄っている。
また、付近は保存樹林となっており、緑豊かな場所である。

まさしく隔世の感である。

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DATE: CATEGORY:野口英世と横浜
横浜検疫所、厚生労働省の出先機関である。
かつては長浜検疫所と呼ばれていた。

横浜検疫所の歴史など詳細はこちら。↓
                 横浜検疫所HP
                   
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私の住むところからほんの少ししか離れていない。
徒歩5分、同じ町内会といってもいいぐらいである。


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ここに野口英世が勤務していたのは、明治32年、それもわずか5月から9月までとのことである。

あしかけ5ケ月にもかかわらず、この地にもチャンと記録が残されている。
業績が云々、という話や、素行がどうの、という話はあるが、「偉人」であると認められているからこそなのだと思う。

我が郷土の偉大な先輩がほんの少しの期間だが過ごした地に私も住む、と多少なりとも感慨を覚える。


横浜検疫所の入り口に建っているレリーフ。
「あなたは永遠に 不滅な母として ここに在る」と書かれている。
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横浜検疫所の敷地内には、野口英世時代のものではなかろうが、古い建物が残されている。
文化財として指定されているのかどうかはわからいないが、意図的に保存してあるのではなかろうか。

ただし、一般公開はされていない。

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下の写真を見ると、この付近一帯は、かつてはこんな風であったようだ。
海岸の直ぐ近くに検疫所がある。
海は埋め立てられてしまったが、山の形は変わっておらず、往時と比較することができる。
なお、一部は湿地帯として保存されているところもある。
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この横浜検疫所の隣は公園となっており、旧細菌検査室が公開されており、資料が展示されている。
そしてまたその隣は「長浜ホール」という公会堂になっており、そこにも資料が展示されている。

ということで、次回は旧細菌検査室。

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DATE: CATEGORY:日常生活
子どもの時に身についた習性というのは、なかなか抜けないもので、やっぱりこの季節になると柿が食べたくなり、スーパーで買ってきたところであった。


そんなおり、実家から柿が送られてきた。


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兄から電話があったときは、実家の柿が送られてくるのかと思ったが、どうやら購入したものである。

商売物だけにきちんと並んで見た目もよい。

生前母が送ってくれた、不ぞろいの柿も、見た目は悪かったが、うまかった。

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さてさっそく食べてみた。

スーパーで買ってきたものとは、味が少し違う。
やっばりこっちの柿の方が、うまい、というか、長年親しんだ味であった。

秋だなぁ、と感傷にひたりながら、三つ食べた。

その後にやっぱりスーパーから買っきた、ボタ餅まで食ってしまった。

腹が苦しい。
やっばり食べ過ぎはいけない。
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DATE: CATEGORY:写真
文化の日である。
といってもいつもの休日と変わりなく、まずは家の前の道路、といっても階段状の道路であるが、掃除である。
秋であるので落ち葉は多いし、階段なので手間がかかる。
それから庭の手入れ。
ただ隣が公園なのでそこから落ち葉が大量に来る。



午後からは、久しぶりに息子と散歩した。

ここに住んで十数年。今日、息子に言われるまで隣の公園からランドマークタワーが見えることを知らなかった。
ただし、見える位置が決まっており、そのポイントが狭い。
だから気が付かなかった、と息子に言い訳。
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ほぼ同じポイントから周辺の街並みを眺める。
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少し歩いて団地の中。
この辺は埋立地で平らである。歩道が広く自転車道も整備されている。
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団地の埋め立てから免れ、保存されている湿地帯。
保護のため柵が設置され、立ち入ることはできないが、数箇所の観察場所が設けられている。
望遠鏡を持って野鳥観察に訪れる人が多いが、中には大砲のような望遠レンズを付けたカメラを持った人もいる。
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これも本日はじめて知ったのだが、こんなところにカワセミがいた。
「あそこにとまっているから撮りなさい」と親切なおばさんが教えてくれたのだが、私のカメラではこれが限界。
そろそろ一眼レフが欲しくなってきた。
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上の湿地帯と隣接する公園。
かつては、我が子供たちはこの広場で転がって遊んだものだが、、、。
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