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Author:メイの家
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DATE: CATEGORY:ローカルニュース
相模原市が来春 政令指定都市になる。

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2009年10月24日  朝日コム
  相模原市の10年4月の政令指定都市移行が23日、正式に決まった。
全国で19番目、県内では横浜、川崎市に次ぐ3番目で、戦後生まれの市として初の指定市となる。市は条例案整備や、3区役所の開設などの準備を急ぐが、移行後、県からの移譲事務の処理や財政運営など、課題を抱えてのスタートになる。

  閣議決定を受け加山俊夫市長は記者会見で、「主体的、自立的な行政運営を進め、都市の総合力の向上、魅力を高めることにより、選ばれる都市づくりを進めていく」と抱負を述べた。
 岸浪孝志議長は「これまで以上に市民の負託にしっかり応える議会にしていく」。
 市政令指定都市推進市民協議会の河本洋次会長は「他の指定市に比べ歴史が浅く文化もない市だが、逆にいえば他市より発展の可能性がある」と語った。

  ■ 相模原市のあゆみ
  1941年4月 相模原町誕生(人口約4万人)
   54年11月 市制施行(人口約8万人)
    87年8月 人口50万人到達
  2003年4月 中核市へ移行
    06年3月 津久井町、相模湖町と合併
    07年3月 城山町、藤野町と合併、人口70万人突破
       7月 県市政令指定都市移行連絡会議を設置
  08年1~2月 政令指定都市移行の第1回市民説明会
   08年12月 市議会が政令指定都市実現の意見書を採択
    09年3月 県議会が政令指定都市指定の意見書を採択
      10月 政令指定都市移行を閣議決定
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相模原市については、
市の中心部ってどこにあるの
とか
市民病院も市立高校も市営水道もないんだよ
とか
旧津久井郡の地域はどうみても村、あそこでも区になるの
とか
いろいろと揶揄されている。


こういっては悪いが、他の大都市と比べれば、やっぱりレベルは低いかなと思う。


談話にもあるとおり、「他の指定市に比べ歴史が浅く文化もない市だが、逆にいえば他市より発展の可能性がある」と前向きに考えざるを得ないだろう。



私が子供頃には、六大都市として覚えたもので、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、北九州であった。
また、これに別格の東京を入れて七大都市とも言ったような気もする。



現在の政令指定都市は、札幌、仙台、新潟、さいたま、千葉、川崎、横浜、静岡、浜松、名古屋、京都、大阪、境、神戸、岡山、広島、北九州、福岡、の18であり、今回の相模原で19である。

雨後のたけのこともいうべきか、政令指定都市になることが目的で、合併しているところもある。


『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、今後も政令指定都市は増えそうで、熊本市、水戸市、宇都宮市、春日部市・草加市付近、柏市・野田市・流山市付近、金沢市、岐阜市、四日市付近、などなど候補は多数あるようである。


そんなに政令指定都市っていいものなのだろうか?
箔付けだけのような気がする。
横浜市民の私が、横浜が政令指定都市だな、と思うのは市役所ではなく区役所に住民票などを取りに行くときだけである。

それ以外にはあまりない。

全国各地の政令指定都市に住む人たちにとっては、政令指定都市になるのは、やっぱりうれしいことなのだろうか?


村や町で何が悪いの、って思うんだけど。


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DATE: CATEGORY:通販生活
ご飯が黄色くなるし、へんなにおいがする。
どうも炊飯器が壊れたらしい。
まだ、5~6年ぐらいしか経っていないはずだが、仕方がない。

修理、とも思ったが毎日使うものだし、修理期間中ないのは困る。
それに新しいのだと、技術も進んでいるだろうし、今のよりもずうっーとうまいご飯が炊けるのではないか。

ということで、炊飯器を購入することにした。


そこで、○○○○カメラに炊飯器を見に行った。まあなんとも一杯種類がある。
内釜に炭を使ったもの、銅を使ったもの、圧力が1.4気圧になるもの、スチームを使ったもの、などなど多彩である。

どれにしたらよいのかわからない。
パソコンならスペックの比較、テレビなら見比べができるが、炊飯器では食べ比べができない。

値段も8千円から10万円ぐらいまである。

こんなとき必ず思うだが、8万円のものは、8千円のものより10倍うまくなくてはならない

特に飲み屋で、なんとかという銘柄の酒がどうのとか、一本何万円の焼酎がどうの、という話になるときは、私は必ずこれを言う。

実際、どんなに値段差があったとしても、旨さで「倍」を実感できることは、まずない。
ちょっと旨いかもしれない?  程度である。



今回壊れた炊飯器は、象印であった。
妻に言わせると、「壊れるのは早いし、ご飯がまずかった。以前使っていた三菱の方がずうっとよかった。」とのことであるので、三菱にしようかとも思ったのだが、さんざん迷いながら、価格コムで売れ筋の三洋にした。


売れ筋ナンバーワンは、1万7千円の機種であったが、ちょっとグレードを上げて2万7千円の機種にした。

「1万円の差に見合う旨さの違いがあるのか」という気はしたが、多少旨ければいいかな、という期待をこめて選択した。

2009-10-24.jpg

さて、新しい炊飯器でのご飯であるが、最初の日はわくわくしながら食べてみた。
新しい炊飯器で、どんなに旨いだろうかと。

しかし、なんか以前の象印のものとほとんど味は同じじゃね? という感じである。
期待が大きかっただけに、失望も大きかった。

いや、失望するほどではないかもしれない。
ごく普通のご飯であったから。

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DATE: CATEGORY:仕事あれこれ
あなたが平均以上の成績だったのは半分の平均以下の人々のお陰である

日系ビジネスオンライン 10月15日 吉田 耕作 より
 
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半分の人が勤労意欲を失って企業はやって行けるのか

 従業員に成績をつけるという事は、グループ分けをしたり、人々のランキング付けをしたりしなければならない。
 つまり高い相対評価を得た者は、低い相対評価をもらうものがいて初めて高い評価が可能になるのである。
しかも、常に半分の人間は平均以下の評価を得なくてはならない。半分が平均以上で、半分が平均以下であるから、平均が成り立つのだ。

 これでは全員が高い勤労意欲を持って仕事をするにはムリがある。
 私が特に気が付いたのは、自分がもらった評価は自分が考えていた評価よりも低いという経験した
人が、かなり多いという事である。

 特に平均以下の人たちはやる気を失う場合が多い。平均以下の人たち、つまり半分の人が勤労意欲を失って、企業はやって行けるだろうか。

序列制のある組織では約半分が敗者になる

 管理者が部下を評価する本来の目的は、その評価が善かれ悪しかれ、その評価によってその後、より良い仕事をしてくれることを期待するためである。

 普通、評価は人々に序列をつけるという形をとる。
 序列制は元来、個人個人の競争心をかきたて、個々のパフォーマンスを向上させて、組織全体の業績を向上させることを目的としたものである。

 しかし、一度人々を平均以下だと分類した後、いったいこの人々にどのような動機づけをしてやる気を起こさせ、以前よりよく働くようにさせることができるのだろうか。

全体観的経営にはなじまない序列制

 つまり、序列制は組織内の50%の人々を失敗者または落伍者とみなし、彼らのやる気をなくさせるやり方なのだ。

 日本人には信じられないような話だが、米国には最下位10%の人を毎年クビにする政策をとることを勧めるコンサルタントがいる。
 それでは、何年かかったら全員満足のいく社員になり、クビを切られなくてすむようになるのだろうか。
 答えは、永遠にクビ切りはなくならない。なぜなら、常に10%の人々は最下位にいるからである。

 その上、新しく雇った人々がクビを切られた従業員より有能であると誰がいえるのか。
 
吉田語録

 あなたの成績が運良く平均以上であったとしよう。
 あなたは、なぜ平均以上になれたのだろうか。
 平均以下の人々が半分いたお陰で、あなたは平均以上になれたのである。
 平均以下の人々はあなたに安らぎを与える非常に重要な人達である。
つまり、あなたは平均以下の人々に感謝しなければならない。
 それなのに平均以下の人々を悪く扱うのは、彼らに恩を仇で返すのと同じことである。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


この季節は憂鬱である。
それは、自分の部下に評価を下さなければならないからである。
そしてその理由を直接説明し、納得してもらわなければならない。
当然給与ボーナスにも反映する。

日系ビジネスオンラインの吉田耕作氏のいうとおり、「評価によってその後、より良い仕事をしてくれることを期待するため」であるが、結果としては「平均以下の人たちはやる気を失う場合が多い」のではないか。

この時期、毎年休日出勤をして誰もいない職場で、あれこれ考え込んでしまう。

私が評価を下した相手は、自己評価よりも悪ければ納得などせずとも、ただ黙ってしまうことが多い。
私はまだ経験がないが、泣かれることもあるという。




一方、私も評価を下される立場でもある。
しかし、これが自分のことになると全く気にならない。

どんな成績でも好きにしてくれ、と評価点を見たこともその理由を聞いたこともない。
それは、あるレペルからは、望まなければ、評価を見せられたり理由を聞かされることを拒否できるからであるが。

仮に自分の評価を聞いても、精神的にそう応えることはないだろう。

年を取るということは、よいこともある。
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DATE: CATEGORY:変なもの
このラーメン屋には未だ入ったことがないので、味のほどは不明である。
このキャッチコピーは、20世紀の時代にかかれたものだろうか。
以前からこの店の前を通っていたのだが、全く記憶がない。
確かに、今の時代、女性が一人でラーメン屋に入っていることに何の違和感もない。
先見の明か? たんなるお遊びか?
2009-10-17-1.jpg


使われていない(たぶん)ガソリンスタンド。

このガソリンスタンドは国道沿いにある。
いわゆる一般の人を相手にするガソリンスタンドではなかったと思う。
なぜなら狭すぎて、車が入らない。どういうガソリンスタンドなのか謎である。
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古きよき時代のアメリカのガソリンスタンド。
ここも国道沿いにある駐車場。
これは、趣味で集めたものだろう。そばには、古い車もおいてある。
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ここは日本大通。
昔は、こんなものがなくスッキリとした歩道であった。
誰が何の目的でこんなものをおいたのだろうか。
クリスマスなら多少許せるが、真夏でもこんなものが置いてある。
昼間は草むらにいてギョッとするし、夜は光って不気味だし、とても美的センスがあるしろものではない。
責任者出てこーーーい、と言いたくなる。(横浜市長かな?)
これは鷺なのかフラミンゴなのか?
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DATE: CATEGORY:写真
我が家の近所の風景。

近くの公園の夕暮れ。この日は風が強かった。
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二階のベランダから。
このマンション群が建つ前は富士山が見えたのだが・・・・・。
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住宅の海に浮かぶ島。
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信じられないほどの急階段。
たぶんこれでも公道に認定されていると思う。
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雪が降ったら怖いだろうなと思う坂道。
2009-10-12-6.jpg

近所というほど近くはないが、金沢八景駅前の住宅。
茅葺屋根を維持するのは大変だろうなと思う。
費用はどれだけかかるのだろうか。
材料はどこから持ってくるのだろうか。
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DATE: CATEGORY:ローカルニュース
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330キロ「友好」つなぐリレースタート/横須賀から会津若松へ

2009年10月2日 カナロコ


 横須賀市民を中心にしたマラソン愛好者たちによる「横須賀~会津若松友好タスキリレー」のメンバーが2日朝、横須賀市役所をスタートした。
4日まで3日間かけ、同市と友好都市提携している福島県会津若松市を目指して約330キロをタスキでつなぐ。
雨にも負けず、メンバーたちは関係者に見送られて元気いっぱいに出発した。

 タスキリレーは実行委員会(団長・青木哲正市議)方式で主催し、マラソン愛好会の「横須賀しらとりランナーズ」(石井利治会長)が主管、横須賀市など後援。愛好会のメンバーを中心にした小学生から70代までの41人が仲間の伴走を受けながら、133区間をつないでいく。

 市役所玄関で行われた出発セレモニーでは、特製Tシャツを着た吉田雄人市長が「先日会津若松市に行ったが、あちらの市長もこのイベントを本当に楽しみにしていた」とあいさつ。

午前9時にトップランナーとして雨に打たれながら約100メートルを走り、自筆のタスキを青木団長につないだ。

 通過地点には記念として野比地区の住民らで構成する「水仙の会」が用意した水仙の球根を植えていく。ゴール当日の4日は現地で鶴ケ城健康マラソン大会が開催され、交流を深める。タスキリレー参加者のうち27人は同大会にも出場する予定。

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私は横浜市民だが、距離的に近いこともあり、横須賀には結構行く機会が多い。

例えば、映画である。
横浜駅近辺やみなとみらい地区は混むので、つい横須賀の汐入に行ってしまう。



横須賀市と会津若松市が友好都市提携をしているとは知らなかった。

横須賀の芦名が、会津を支配していた芦名氏の発祥の地であったことや、幕末に会津藩士が防衛のために来ていたこと、三浦半島地域が会津藩領とされたことなど、多少の知識はあった。

最近ネタ不足につき、これから、少しずつ横須賀市内の会津関連地を訪ねて、ブログ記事とすることにした。



なお、横須賀市長のブログには、会津に訪問した様子が記事にされている。
結構興味深い。

横須賀市長のブログ


余談だが、吉田横須賀市長は、今年の六月に、自民・公明・民主の相乗りの現職候補に、33歳の若さで勝った人である。
小泉元首相の神通力も消えた、と報道され話題となった。


会津では結構楽しげだが、下の新聞記事を見ると、市役所に行けばこんな状態では、あんまり楽しくはなかろう。
つかの間の息抜きか。

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横須賀市:副市長人事「反省込め」先送り 吉田市長「オール野党」の壁 /神奈川


 横須賀市の吉田雄人市長は24日の定例会見で、開会中の9月市議会に提案予定だった副市長人事について、12月議会に先送りする方針を明らかにした。人事案の一部報道を巡って市議会側が反発したことから「反省の気持ちを示すために9月議会では人事案を提案しないことにした」と説明した。相乗り現職を破って初当選した若手市長がデビュー戦の市議会で「オール野党」の壁に阻まれた形だ。

 先送りにより通常2人の副市長が空席という異例の事態になる。
 7月に1人が辞職、残る1人も10月4日に任期満了となるためだ。

 吉田市長は市職員OB2人を起用する方針で、一部報道では人選の理由にも言及した。議会側は「人事案が漏れてしまうのは仕方ないが、中身について市長がコメントをしたら『そのまま認めろ』と言っているに等しい」などと反発。

吉田市長は陳謝したが市議会側の反発は収まらず、同意が得られないと判断し、提案自体を取りやめたとみられる。

 吉田市長は会見では「私の手続き的ミス。否決されそうだから提案しないわけではない」と釈明。
12月議会に提案する人事案については言及を避けた。【吉田勝】

毎日新聞 2009年9月25日 地方版
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DATE: CATEGORY:日記
9月8日に台風が来た。

このような時に私が娘に言うことは決まっている。

俺が子供の時には、こんなもので学校は休みにならなかった。
冬なんか、息もできず、目も開けられないような強風が吹きあれる吹雪の中、身長よりも高い積雪で道がどこにあるのか良くわからないようなところを、前を歩く上級生の足跡だけを頼りに学校に歩いていったものだ。
手は凍え,足は凍え、耳はちぎれそうだし・・・・・。
それでも必死になって歩いたものだ。
おまえの学校は軟弱だから、チョッと雨が降った、チョッと風が吹いたと、すぐに休みになる。
過保護で困ったものだ。


と毎回こんなことを言っている。


今回もまた言ったが、毎度のことなので相手にしてもらえない。

横浜市内の公立小学校は、前日から休校が決まっていた。


娘の学校からの連絡は、今流行のメールである。

登録は、両親と本人の3人までとなっていおり、多少の時差はあっても同じものが同時に送られてくる仕組みである。


まずは、前日からこんな予告。
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連絡日: 2009/10/07
連絡内容:
台風18号が接近しています。
すでに9月1日に配布されました「非常時の対応」に沿って、明日の判断をいたします。午前6時の段階で「大雨警報・洪水警報」と「暴風警報」が揃って発令されていた場合、自宅待機となりますので、この場合、モバイルメールでも自宅待機のお知らせを流します。その後、1時間ごとに情報を流します。
警報が揃って発令されていない場合は特にモバイルメールを流しませんので、この場合、登校となります。
登校の場合でも、お住まいの地域によって危険が案じられる場合は、無理をして登校をさせずに、学校までご連絡をください。配慮をいたします。
生徒が学内に入ってから警報が揃って発令された場合は、様子を見て最も危険のない方向で指示を出します。その内容はモバイルメールでも流します。ご安心ください。
このメールに返信の必要はありません。
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そして当日。

私が家を出るときには、雨も上がり日が差していた。
やっぱり大したことないな、と思っていたのだが、念のため長靴を履き、カッパを持っていった。
職場の最寄り駅に着いたときは、激しい風と雨。

傘がさせる状況ではなく、カッパは正解であった。
全身が飛ばされるような感覚。
特に高いビルの下は、強風で恐怖であった。
転がりそう。

一方娘の学校からは次々とメールが来る。
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連絡日: 2009/10/08
連絡内容:
○○学院からの緊急のお知らせです。
午前6時の段階で、
神奈川県のほぼ全域に大雨・洪水、暴風警報が発令されています。
よって、生徒は自宅待機してください。
次のお知らせは、7時にメールを配信します。
なお、このメールに返信の必要はありません。
また、必ず開封通知を行ってください。
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連絡日: 2009/10/08
連絡内容:
○○学院からの緊急のお知らせです。
午前7時の段階で、
神奈川県のほぼ全域に大雨・洪水、暴風警報が引き続き発令されています。
よって、生徒は自宅待機してください。
次のお知らせは、8時にメールを配信します。
なお、このメールに返信の必要はありません。
また、必ず開封通知を行ってください。
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連絡日: 2009/10/08
連絡内容:
○○学院からの緊急のお知らせです。
午前9時の段階で、
神奈川県のほぼ全域に大雨・洪水、暴風警報が引き続き発令されています。
よって、生徒は自宅待機してください。
次のお知らせは、10時30分にメールを配信します。(最終)
なお、このメールに返信の必要はありません。
また、必ず開封通知を行ってください。


追伸
非常時の対応は、9月1日に配布した「非常時の対応について」プリントに従ってください。このメールはあくまで補助手段としてお流ししています。
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連絡日: 2009/10/08
連絡内容:
保護者の皆様にお知らせいたします。
「非常時の対応」に従いまして、午前10時30分の段階において神奈川県東部に「大雨警報」「暴風警報」が発令されておりますので、本日10月8日(木)は臨時休校となります。
生徒の皆さんは安全のため家庭内で過ごし、家庭学習に励んでください。
以上、このメールに返信の必要はありません。
また開封通知をお願いいたします。
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私立だから、手厚い連絡も経営戦略の一つなんだろうが、これはどう見てもメールの過剰。

また、メールにはこんな連絡もある。

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連絡日: 2009/09/28
連絡内容:
保護者の皆様にお願いです。
文化祭が終わり、平常授業が始まりましたが、引き続き新型インフルエンザに警戒が必要です。保護者の皆様におかれましては、必ずお子様の検温を毎朝行っていただき、37度以上の熱がある場合は、登校させずに様子を見て、受診させるなどの措置をとってください。
ご協力よろしくお願いたします。
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連絡日: 2009/09/29
連絡内容:
○○さん(娘の名前)、風邪のようです。

熱も出てましたので、下校指導いたしました。

インフルエンザが流行っております。できるだけ早くの通院をお願いいたします。
お大事になさってください。
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連絡日: 2009/09/29
連絡内容:
10月1日から冬服の衣替えとなりますので、保護者の皆様におかれましてはお子様の制服をご準備していただけるようにお願いいたします。

なお、10月中は上着なしでも登校できる混着期間となっています。

やむを得ず冬服を準備できない場合は、理由とともに生徒手帳に記載し、捺印し、担任まで持たせてください。

なおこのメールに返信の必要はありません。
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連絡日: 2009/10/09
連絡内容:
理科小テストの日にちと範囲です。
10月13日(火)
「地球と宇宙」教科書2下58ページ~61ページ
プリント(2・下・6-1)です。
ご確認ください。
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やっぱりどう見ても過保護だよなー。

ちなみに、9/29に娘は熱で下校を命じられたが、通院もせず、薬も飲まず、翌日はまた登校した。

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DATE: CATEGORY:二宮尊徳
9月27日に、私が参加している報徳読書会において静岡県にある森町を訪問した。

このきっかけは、日光仕法の現地見学(前回記事参照)の際、鈴木藤三郎のことを知ったためである。(参照コトバンク)

鈴木藤三郎は、資料の散逸を防ぐため、人を雇い報徳記を写し2500巻にまとめ寄贈した。その経費たるや莫大なものである。

それが今市の二宮神社に今でも残っているのであるが、この人は一体どういう人であろうか、という疑問から、藤三郎の故郷の森町を訪ねることとなった。



私としては率直に言って、藤三郎と言う人はなかなかすごい人だなとは思ったものの、それ以上のものではなかったのだが、リーダーであるJさんと熱心なKさんは、以後独自に調査を開始し、ぜひとも故地を訪ねなければならぬ、となったようで、私もそれにつられて参加したというのが、実情である。



Jさんはかつての私の上司であるが、十数年来ライフワークとして二宮尊徳の研究を続けて来たという。その知識量は半端ではない。


一方、Kさんは川崎市内のさる会社の若社長である。私よりも一回りかそれ以上若い。
特に、明治期の実業界での尊徳思想の普及に造詣が深い。

今回も車を運転してくれたのだが、車中、なぜ二宮尊徳なのか、との私の質問に対して、祖父の影響であるとの答えであった。

彼の祖父は、食事の内容や服装に文句をつけるなどもってのほかという人で、また、極めて欲がない人で、無償で仕事を引き受けることもままあったという。
それは何故かと考えているうちに、尊徳思想に行き当たったのだという。



今回は、6名での訪問である。
しかし、森町になんと8名もの方々が出迎えてくれた。
これには何事があったのかと驚いた。
この辺の事情や当日の様子は、森町の方々のブログが詳しい。
踏みしめて
森の元気屋風の便り


元学校の先生で、歩く森町史とも言われるM先生の説明で町内各所を廻る。
M先生はなんと90歳だそうである。
坂道もドンドン登られるし、言葉も明瞭で声も大きい。
一緒に食事もしたのだが、食欲もたいしたものである。

宿場町の風情が残る町並み
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鈴木藤三郎の墓
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旧周智郡役所、現在は森町民俗資料館
内部には縄文時代からの資料がある。
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午後には、掛川市にある大日本報徳社を訪ねた。
報徳思想の総本山である。

この建物は文化財に指定されたという。
その理由が面白い。
報徳社の活動もすっかり下火となってしまった。
せめて建物が文化財の指定を受けて世間の耳目を集めて、少しでも活動を復活させたい、ということである。
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この地方が、日本の報徳運動の中心となっているのは、尊徳の高弟岡田良一郎の指導によるところが大きい。
これが、やがて鈴木藤三郎と言う人物を生み出すことにつながっていった。


人は育った環境から様々な影響を受けるものだが、その中でも生まれ育ったその地域の特性や歴史から受けるものはあまり目立たないが、かなりのものがあるのではないか。

その関係を考えて見るとなかなか面白いものである。




森町の皆さんには大変お世話になりました。
心から感謝いたします。
そして、町がかつての活気を取り戻されることを心からお祈りいたします。

出会いとは不思議なものです。
この地にも私にとっての青い鳥がいました。

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