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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:散歩
コース  三笠公園→うみかぜ公園→海辺つり公園→馬堀海岸
時間   約3時間(昼食、休憩時間込み)
距離   約6kmぐらいかな?(超いいかげん)


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今日は、用事があって横須賀へ行った帰り道に散歩。
用事が済んで帰ろうとしたら、息子に誘われた。最近何故か息子は、ウォーキングにはまっている。
ただし、景色がよいところ、歩いたことがないところ、なおかつ、うまそうなラーメン屋あるところに限定されている。

曇天ではあったが、熱くも寒くもなく、海風が心地よかった。


コース案内図
コース全体としては、JR横須賀駅から観音崎まであるらしい。しかし今回は、三笠公園から馬堀海岸までのショートコースにした。
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出発地三笠公園。日露戦争の英雄東郷元帥と戦艦三笠。
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横須賀港の輸出用の車。あまりのきっちりさに、息子には大うけ。息子によると、32列×8列あるらしい。
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途中の通りの標識。歩行者用のコースは、うみかぜの路プロムナード10000mとも呼ぶらしい。後方のマンションのデザインもなかなか洒落ていた。
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うみかぜ公園。
マウンテンバイクのコースやスケートボードの練習場もある。土地柄、外人が多い。
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公園でやっていたドッグレース。飼い主の熱狂振りには、唖然とするやら、おかしいやら。まぁ、子供の運動会以上かも。
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階段状の噴水。気のせいか、横須賀市の公園には噴水が多いような。そんなこともないか。
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東京湾唯一の自然島「猿島」。無人島。旧日本軍の要塞跡が残っているが、現在はバーベキューのメッカ。
後方には、対岸の房総半島が見える。
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海辺つり公園。
釣り人は、中高年のおじさんがメーンだが、女性や子供もいる。結構大物も釣れるらしい。
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馬堀海岸。
国道沿いのシュロの並木がよく手入れされていて美しい。
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遊歩道をかねた堤防の作りがおもしろい。自然石をゴロゴロ置いてある。たんにデザインに凝っただけかと思ったら、そうでもないらしい。解説の看板が出ていた。
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帰りの電車の中で寝てしまい、駅に着いたときに息子に起こされた。
もはや、体力、脚力ではかなわなくなりつつあります。
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DATE: CATEGORY:聖書
試験勉強していた娘が、イライラしながら、「この話おかしくねー、なんかひどくねー」と聖書を見せてくれた。

仏壇も神棚もない我が家だが、なんの縁か娘がキリスト教系の学校に行っている。
そして、聖書にも試験があるようで、その勉強の八つ当たりである。
聖書なんか全く読んだことがない私だが、八つ当たりされついでに読んでしまった。

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マタイによる福音書25章14~30節

 「天の国はまた次のように例えられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕(しもべ)たちを呼んで、自分の財産を預けた。

それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。
同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。
しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。

さて、かなり日がたってから、僕(しもべ)たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。
まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』
主人は言った。『忠実な良い僕(しもべ)だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』

次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』

主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』

ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、
恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』

主人は答えた。『怠け者の悪い僕(しもべ)だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。

さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。
だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。

この役に立たない僕(しもべ)を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」
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この話は、「人それぞれに神から与えられた才能(タラント=タレント)を生かして、自分なりに努力していきなさい」と読むんだそうである。


この話に対する娘の持った違和感はすぐにわかった。

まずは、資産運用に対する基本的な考え方の違いである。

伝統的に日本は、金儲けに対する嫌悪感的なものがある。江戸時代の身分制度でも、士農工商として、商は一番下であり、また、先祖伝来の田畑や身代は、子孫にきちん継承することが絶対的な善であり、拡大路線よりは、現状維持の守成路線が支持された。

まあ、清貧の思想というべきか。かつて経団連会長であった土光さんの食事がめざしであったことがもてはやされたことも、同根の事柄である。
法律違反があったとはいえ、ホリエモンが葬り去られたことも同じである。


これに対してキリスト教的な考え方は、資産は運用しなければならないものであり、金儲けは善である、という考え方である。


何の本で読んだか忘れたが次のような話を覚えている。この話もたぶん聖書を踏まえたものであろうか。
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 アメリカの田舎町での話。町外れのあばら家に住んでいる老人がいた。
身寄りもなく、よほど貧しいのか服も毎日同じで薄汚れており、買い物といってはわずかな小銭を握り締め、パンの耳のようなところをほんの少し買っていくばかりあった。同情したパン屋の主人が、値段よりも多くのパンをあげることもあった。

その老人が姿を見せなくなったので、町の人が家を訪ねると既に亡くなっていた。そこで役人が財産を処分しようとして、家の中を片付けはじめると、なんと巨額の現金が出てきた。



そこでこの話を書いた作者は、「なんと馬鹿げた話しだ。このように金があるにも関わらず、銀行に金を預けるわけでもなく放置しておくことは怠惰である。
キチンとした身なりし、キチンとした食事をすべきであり、それが義務でも権利でもある。」
と批判していた。
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土光さんに対する日本人のような賞賛は、ここには全くない。



そして、リーマンの破綻である。
バブル崩壊後の銀行、不動産、ゴルフ場など安く仕入れ、高く売り抜けたハゲタカファンドと恐れられたところの一つであった。
ただそれは、批判されるべきものではなく、キチンとした商行為である。日本の金融資本は、リスクをおそれて手を出さなかった(そのゆとりもなかったか)に過ぎない。
マスコミも含めて、儲けたことに対するやっかみだけがあった。


それが今回のサブプライムローン問題では、リスクをとりすぎた。


ここで聖書の話に疑問が残る。
一タラント預かったものが商売に手を出し失敗して、一タラントを失ったら、主人はどう評価したのだろうか。
なにせ、厳しい主人なのである。


なお、我が娘は、この主人の厳しさにも「おかしくねー」といっていたが、これは一神教の神なのでこういうものなのだ。契約の世界なのである。



それと、
<だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。>
というこのくだりは、洋の東西を問わず全くそのとおりだなあ、としみじみ思う。

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DATE: CATEGORY:ラーメン
喜多方ラーメンがブレークして久しい。
全く無名の東北の小都市であった喜多方市が、ラーメンによってその名を全国に知られ、町おこし村おこしのモデルともなり、これを範として、全国の都市でラーメン、餃子やその他のB級グルメによる町おこし村おこしも相次いだ。

事実私の周辺でも、学生時代には「喜多方」という地名を知っている人は皆無であったが、今では、会津地方に生まれ育った私よりも、店の場所や味のちがいなどを知っている人がいるほどである。


そんな喜多方ラーメンなのだが、最近、「喜多方ラーメン」ではなく「会津 喜多方ラーメン」の表示が目に付くようになった。いつごろからだろうか、定かではない。
いまさら、「会津」を冠する必要もないほど、知名度は浸透しているのに、何故か、よくわからない。


横浜・金沢文庫にある喜多方ラーメンの店
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横浜・弘明寺にある会津喜多方ラーメンの店
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そこで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』をみてみたら、「喜多方ラーメン(きたかたラーメン)とは福島県喜多方市周辺で作られるラーメンである。」と冒頭に定義がされており、ピンときた。

「会津 喜多方ラーメン」と表示しはじめたのは、
1 喜多方ラーメンの製造所が、会津若松市にあったりしたら都合が悪い。
2 会津若松市や猪苗代町などの喜多方市周辺のラーメン店も喜多方ラーメンを名のりたい。

いってみれば、喜多方ラーメンの恩恵を、会津全域に及ぼしたい、といったところか。

「喜多方ラーメン」でも「会津喜多方ラーメン」でも、どっちでもいいのだが、味とサービスだけは落として欲しくない。知名度にのっかった、粗製乱造だけはやめて欲しい。



蛇足だか、『ウィキペディア(Wikipedia)』の喜多方ラーメンの写真が、「喜多方ラーメン(山形市)」としてある。

喜多方ラーメンは、今では全国各地にあり、私は四国・松山でも食べたことがあるので、隣県の山形の写真を使ったとしても間違い、とは言えない。
しかし、誰がアップしたか知らないが、写真ぐらい本場の喜多方市内のラーメン店のものを使えよ、と強く言いたい。


参照『ウィキペディア(Wikipedia)』喜多方ラーメン

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DATE: CATEGORY:鉄道
鉄道好きの息子とともに、東京都北区の田端駅から上中里駅あたりりを散歩。この近辺はJRの城下町らしい。我が親子以外にもカメラを持った人たちがアッチコッチに。


電気機関車が目白押し。ちょっと奥には新幹線の各種車両も勢ぞろい。マニアならずともちょっと興奮。
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鉄道写真を撮る息子。踏み台にしているブロックはマニアが撮影用に置いた物か?
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ここは、隣接する尾久車両センター。地下通路を使って反対側の尾久駅方面に行くと客車がいっぱい。
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「国労」の事務所と思われる施設もあるが、現在は使用されていないなさそう。
JRの協力工場も周辺には数多く、かつての国鉄全盛時代には、さぞや活気があったことだろう。
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周りの町並みには、なにやら昭和、それも30年代?の香りも漂う。
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お昼には、ラーメンを食べたが、いかにもこの辺に相応しい素朴な食堂であった。客は他にもおり、昼間から60代ぐらいのおじさんたちが、4~5人でかなり飲んでいた。
聞くともなしに聞いていると、「3年前に地方から単身で東京に出て来て、田んぼは妻に任せっぱなし、仕送りもしないし、そんなことでいいのか、もっと働け」とか、一人の人がそんなことを言われていた。う~~ん、いろいろあるあるよねぇ。
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2時間もあれば、グルットと回れ、鉄道好きにはたまらないコースです。

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