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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:電車の中の人々
8月末、出張に出かけてのことである。

この日もうんざりするほど暑かった。

駅に行くため、ある病院の前のバス停でバスを待った。

バス停のベンチには、先客のおばあちゃんがいた。



「暑いですね。」と私から声をかけた。



「暑いね。でもこんなぐらいどうってことない。」

ここからおばあちゃんの一方的な話が始まった。

「最近の若い者は鍛え方が足りない。昔は、体だけではなく心も鍛えたもんだ。

何せ軍事教練だからそれゃあ大変なもんだった。

いっちにいっちにと、鍛えたもんだ。

私は昭和2年生まれだけども、昔、樺太で鍛えたもんだから、こんなに元気で病院にも通える。


樺太でねぇ、終戦迎えたときは、17歳だよ。

今の高校生だよ。

終戦になったけど、ソ連が攻めてきて戦闘があったりして、結局内地へ帰れず抑留されてしまった。

死んだ人も多かった。

戦争でも、抑留されてからも。



毎日毎日働いたもんだ。

でも、体を鍛えていたからどうってことなかったよ。

内地に変えれることが決まった時、ソ連の人が言うんだよ。

ここで働いて結構財産できただろう。

日本に帰らずここにいた方がいいよ。儲かるしいい生活できるよ。

内地なんか行ったことないだろうから大変だよって。




そう進められたけど、日本がいいって言って帰ってきたよ。

引き揚げ船はボロ船で沈みそうだったよ。


仕事何やっていたかって?

あそこにはねぇ、製紙工場の大きい工場があったんだよ、あそこで働いたていた人が多かった。


何せコメはできない。あの頃は北海道だってコメはダメだったんじゃないの。

コメは内地からの輸入だよ。

畑ではねぇ、砂糖大根を作っていたよ。

見渡す限り砂糖大根だよ。冬は寒かったねぇ。

でも体と精神を鍛えていたからねぇ。」


話をまとめるとこんなところであった。

しかし、話の途中に「最近の若い者はだらしない。鍛え方が足りない。昔は、体だけではなく心も鍛えたもんだ。」

というのが、再三再四入った。

そして、こちらから聞いたことにはあまり回答は無く、話したいことを話すだけであった。



もう少し、樺太の話を聞いてみたかったが、バスが来ておばあちゃんは、サッサとバスに乗っていった。


私が乗るバスとは、行先が違っていた。







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DATE: CATEGORY:電車の中の人々
毎日電車に乗っていると、嫌な場面にも出会う。

この数ヶ月間、若いお母さんの行動に、えっ、と思うことがいくつかあった。

内容も内容であり、あまり気が進まないが、これも一つの記録として、簡単に書くこととする。



○ビンタ

車内は、いくらか立っている人がいる程度の混み具合であった。

私は、ボーっとして立っていた。

小さい子供が「ママ、ママ」と多少ぐずりながらお母さんを呼んでいる声がした。



その直後、「うるせーんだよ」という声とともに、ピシャりと顔を叩く音がした。

ハッとして振り返ると、お母さんが幼稚園ぐらいの子供にビンタをしたようであった。

当然ながら子供は大泣きする。

そうすると今度は、「泣くんじゃない」と大きな声でしかりながらお母さんは、さらに強く子供にビンタをくれた。

叩き方は容赦のないものだった。

叩かれた子供は、声を押し殺して必死に泣くまいとする。

最初のビンタの時には、何がなんだか分からなかったが、二度目の音を聞いた時には、自分が叩かれたような気がして、心臓がバクバクした。

胸が痛んだ。


子供が叩かれて必死に泣くことを堪える姿を見ることも忍びなかった。

子供が叩かれて泣くのは当たり前で、それを声を押し殺してしまうことにも、戦慄さえ感じた。

他の乗客も私と同じ気持ちだったようで、その親子が下車した後は、車内にホッとした空気が流れた。



○正座

乗換駅でのことである。

次の路線に乗り換えようとして駅ビルの中の改札近くの切符売り場付近を歩いていた。

最近は、切符を買う人は殆どいないので、このあたりには人気はあまりない。


しかし、その日は、小学校低学年ぐらいの子供がコンクリートの床の上に正座させられていた。

そして「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と必死に土下座して泣いて謝っていた。

その前には、お母さんが立ちはだかって、ものすごい剣幕で罵声を浴びせていた。



何があったのかは知らないが、駅ビルの中とはいえ、この寒い中でのコンクリートの床の上である。

その罵声のすごさ、大きさ。

唖然としてしまった。



○落下

朝の通勤時のことであるが、この駅では降り乗り換えのため電車から降りて、階段を登って隣のホームに行かなければならない。

しかし、電車から降りる人が多いので、上りの階段は渋滞でしばらく待たねばならない。

一方、階段の下りの方は、スカスカ状態である。



ホームから階段の上の方を見上げていると、三、四歳ぐらいの子供を連れたお母さんが猛烈な勢いで駆け下りてきた。

ホームにつくまであと三、四段というところで、子供が階段から落下した。

グシャっという、何とも嫌な音がした。

お母さんは、「てめーが、愚図愚図しているから、電車に乗り遅れたじゃねーかよ」と子供を起こすでもなく、子供にぶち切れ。

子供は、当然大泣きの状態である。



あのぐらいの子供に、階段を駆け下りさすというのは無謀というもの。

子供に、怪我は無かったのだろうか。







イライラし過ぎというか、ゆとりが無さ過ぎというか。

こんな光景は見たくない。

虐待になりかねないという懸念も残る。

といって、「そんなに怒らないで」と話しかける勇気も持ち合わせていない。



電車の中に子供の笑い声が響き渡っている方がいいなあ。


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DATE: CATEGORY:電車の中の人々
今年は、節電の夏だと言うのに、暑くなるのが異例に早い。

九州方面は、早々と梅雨明けしたらしいが、関東地方も梅雨明けかも、といういい天気で、なおかつ高温が続いている。



毎日乗っている電車も節電モードで、例年とは異なり冷房の設定温度は高めであり、あまり涼しくはない。

とはいえ、わが職場の冷房より幾分涼しく感じる。



昨日の、帰りの通勤電車でのことである。

座席に座っていた私の右隣に、やや太目のおじさんが座ってきた。

大汗をかいていて側に寄られるのは、いささか不快であるがお互い様なので致し方ない。

それと、体臭も気になるが、これも致し方ない。

この暑さである。


それに私自身も、汚いとか臭いとかということに関しては、育ちが良くないこともあってあまり気にならないほうである。



まあ、ただ静かに隣に座っているだけなら、なんとか凌げた。

ところが、その太目のおじさんが、扇子をかばんから出して扇ぎ始めた。

右手に扇子を持っていたので、あおいだ風がそのまま私の方にかかってきた。

その臭いの強烈さは、筆舌に尽くしがたい。

酸っぱい臭い、なんともいえない不快な汗の臭い、もともと染み付いている本来の体臭などが一体となって、直撃してきた。



これまで、臭いのなんかは平気だと自信を持っていたが、その自信は完全に打ち破られた。

吐き気までしてきた。

どうにか一駅だけがまんした。

駅で降りる人がいたので、空いたはす向かいの座席に、堪らず移動した。




私の座っていたところに、その駅から乗った女性が入れ違いに座った。

私は、興味津々でその様子を見ていた。

その女性は、その席に座ってからおよそ3秒で席を立ち上がり、別の車両に行ってしまった。

そりゃそうだよな~~、あの臭いだもの。




そしてまた一人、席が空いたと思ってその太目のおじさんの隣に座った人がいた。

今度は男性である。

太目のおじさんは、相変わらず扇子であおぎ続けている。

この男性もしばらくしてから、我慢できずに席を立っていった。


正直言って笑いを堪えるのに大変だった。



今年の夏は、こんなことが沢山あるかな。

まあ、仕方がないな。




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DATE: CATEGORY:電車の中の人々
毎日通勤電車を利用しているが、片道4路線で3回乗り換えている。

駆け込み乗車などしたくはないのだが、朝、乗り換えの一駅だけどうしても駆け込み乗車になってしまう駅がある。

階段を駆け上り、そして駆け下りるのは、やはりしんどい。

息は切れるし、足がもう上がらなくなってきており、こんなことで階段で転倒したりしてもつまらない。


駆け込み乗車を防ぐには、もっと家を早く出るしか方策はない。







ところで、駆け込み乗車でヒヤッとした場面に遭遇したことがある。

数年前のことである。

路線は、相鉄線。

春先のポカポカした陽気の平日の午後のことであった。



私は、ドアのすぐそばの座席に座っていた。

電車はガラガラで、乗客は私の周りには反対側の座席に一人男性が座っていただけである。



陽気もよかったせいか、私は、ボーとしていた。

電車がある駅で止まった。
(あまりにもボーとしていたため、駅名すら覚えていない。)


発車のベルがなった時、ホームに下りてくる階段を、二人の子供をつれた若いお母さんが駆け下りてくるのが見えた。

お母さんは両手に一人ずつ子供と手を繋いでいたように見えた。

子供は、幼稚園の年長組と年少組ぐらいの年齢であったか。





お母さんは、子供に「急いで、急いで」とか「ガンバレ、ガンバレ」とか声を掛けながら、駆け下りてきて電車に駆け込んだ。


私の座っていた席は、こういった光景がちょうどよく見える位置であった。




電車に駆け込んできてお母さんは子供達に言った。

「よかったねー、間に合ったねー」



ここで、電車のドアが閉まり出発するはずであった。

ところが、電車は動かなかった。



発車に間に合って、子供に話しかけたはいいが、二人居るはずの子供は年長の一人しかいなかった。

子供が一人何故かいなくなってしまった。

お母さんは動転してしまった。

そして、ただオロオロしているだけであった。




この光景の一部始終を、ボーっとしながら見ていたはずの私も、何が起こったのかわからなかった。


私の前に座っていた男の人が、「電車を動かすなーーー、子供が落ちたーーー」と車掌さんに向かって大声で叫んだ。


ここで私も何が起こったのかようやく気がついた。




車掌さんと駅員さんが直ちに駆けつけた。

そして、電車とホームの隙間に落ちた子供を引きづりあげた。

子供は泣いてはいたが、怪我はしていなさそうであった。




お母さんは電車から出て真っ青になっていた。

子供を連れて再び電車に乗り込む気力もなく、ホームにしゃがみこんでいた。




その後電車はドアが閉まり、出発した。


しばらくして「駆け込み乗車は大変危険ですからお止めください」というアナウンスが流れた。






駆け込み乗車をするたびに思い出す光景である。



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DATE: CATEGORY:電車の中の人々
電車に乗っていると、時々やたら大きな声で話している人がいて、聞きたくも無い話を聞かされてしまうことがある。

そういう話はだいたいは他愛も無い世間話であり、こちらも右から左で、記憶に残ることはない。


しかし、たまに聞いていてへーーと思い、覚えている話もある。





この話は、三十台前半ぐらいの男性二人が話していたものである。

二人は幼馴染と思われ、片方の人が二人に共通の、もう一人の友人の消息について語っていた。



内容は、だいたいこんな話であった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

あいつは、小・中学で成績悪かっただろう。

まあ、俺もそうだったんだけど。



で、俺たちは、パー高といわれたあの高校に行ったんだけど、それでもあいつはギリギリで入ったんだと思う。

入ってからも成績は悪くて、ずうーとビリに近かったんじゃね。



それが、高校二年のとき、親父が癌で死んだんだよ。

高校を辞めるか、という話もあったらしいが、せめて高校だけは卒業したほうがいい、ということで辞めなかったんだけれども、そこからどういう訳か、勉強し始めたんだよ。



やっぱりショックだったんだろうな。




でも、レベルの低いパー高だし、周りの環境もあんまりよくないし、高校の友達なんかは、おめぇ何やってんだよ、って感じだったな。


あの環境で、あのできが悪かったあいつが勉強しつづけ、結局、大学受験したら、早稲田、慶応、上智、全部受かっちゃった。


これは、あの高校創設以来の快挙で、その後もそんな奴は出ていないと思うよ。

校長も喜んだのなんのって。




だって、進学校じゃないんだよ。

大学行く奴もいるが、ほんのチョッとだし、行く大学はFランの中でも一番最低の誰でも入れるところだけだよ。




で、結局、早稲田に行ったのよ。



そして、これかまたすごいんだけど、新聞社に就職したんだよ。

これもあの高校の卒業生で、あいつ一人しかいないじゃないの。




やっぱりああいうところは、まず地方から勤務させるらしいんだけど、最初に行かされたのが、小笠原。

地方も地方、離島だよ。



でもそこが嫌で嫌で、結局、ほんの1、2年で辞めちゃったらしい。

もったいないよなー。

給料だっていいだろうし、そのうち戻ってこれるんだろうし。

何考えているんだか、と思ったよ。




それで、こっちに戻ってきて、起業し商売を始めたんだけど、最初はかなり当たって相当儲けたらしいよ。

仕事はIT関係だったらしい。




でも、そのうちに仕事がおかしくなってきて、ついに倒産。

そして夜逃げ。

まあ、ありがちと言えばありがちな話なんだけどねぇ。




そしてここがよく分からないんだけど、どうも逃げた先が、あんなに嫌がっていた小笠原らしい。

その小笠原で最初は何をしていたか知らないけど、そのうちの地元の女の人と結婚し、漁師になったんだって。




今は、子供も居るらしいよ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

なにか、塞翁が馬のような話であった。


なお、万が一のことを考えて、多少ぼかしたり、設定を変えたりしました。



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