プロフィール

メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


ブロとも一覧


DATE: CATEGORY:調査報告
2017年の正月もあっという間に去っていった。

子供の頃は正月といえば何かウキウキした感じもあったが、今となっては他の日とそれほどの違いはない。

というよりも、大掃除をする切っ掛けになる日、おせち料理を食べる日、ぐらいの位置づけで、私には「面倒な日」ぐらいの感じになっている。



元日はウォーキングを兼ねて歩いて妻の実家へ、その途中で初詣。
二日、三日は駅伝観戦後にウォーキング、と毎年同じパターン。


そのウォーキング途中にふと気が付いた。

正月飾りをしている家が減少しているのではないか、と。

そして面白いことに、正月飾りがある地域と、ない地域の差が極端である。

大邸宅のある地域は正月飾りがどこの家にもあり、狭小住宅の地域にはない、或いは、昔からの住宅街には正月飾りがどの家にもあり、最近開発された地域には無い、というようなことも考えたが、そのようなことはではなかった。

地域差がどこから来るのか、その原因の明確な説明がなかなか難しい。

隣のお宅が出すからうちも出す、隣のお宅が出さないからうちも出さない、ということか。




我が家の周辺の一戸建て住宅に限ると、私の観察では、屋外での正月飾りが全くないお宅は約5割。

次に、玄関飾りだけのお宅は約2割。
2017-1-8-1.jpg


玄関飾りは色々な種類がある。
2017-1-8-2.jpg

2017-1-8-3.jpg

2017-1-8-4.jpg

そして、門松だけのお宅は約2割。
そもそも最近建築されている住宅は、門や塀がないオープンなものが流行っていおり、門松を置く所がない。
2017-1-8-6.jpg

2017-1-8-7.jpg

残りの約1割が玄関飾りも門松も両方設置のお宅。
2017-1-8-8.jpg

マンションなどではどうなっているのか不明。



車への正月飾りは昔はよく見かけたが、今年見かけたのはこの一台のみ。
率としては1%以下であろう。
2017-1-8-10.png

正月の風景も変化しつつある。

これを日本の風習が廃れて寂しいと見るか、ゴミが出なくて環境に優しいと見るかは、それぞれだろう。




スポンサーサイト
| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:調査報告
一昨日の金曜日、電車の中には口から血を流した女の子、顔が傷だらけ縫い目だらけの男、そしてゾンビまでいた。

ハロウィンで渋谷にでも出かけたのだろうが、電車の中で見ると、最初はえっ? て感じなのだが、見慣れるとなんか可笑しい。

ゾンビといえば土葬なので、火葬の日本では合わないのでは、と思うが吸血鬼なら合うのか、と突っ込まれそう。

私の故郷では土葬が最近まで続いていた。

私の祖母は、昭和57年に亡くなったが土葬であった。

平成になって亡くなった母は、火葬であったので、昭和の終わりごろに土葬が消えたのかもしれない。




ところで、このゾンビで思い出したのだが、「骨洗い」という風習をご存じたろうか。

この話は、五年前に友人から聞いた話である。

その友人は私と同い年で、ある南の島の出身である。

小さな島なので、名前を出すことはやめておく。

酒席で聞いてかなり酔っていたので、話の内容に多少誤りがあるかもしれないが、彼はこう言っていた。





「先月、親父の骨洗いに行ってきたよ。何、メイの家は、骨洗いしらないのか。

骨洗いというのは、一旦土葬した死体を掘り起こして、水で綺麗に洗って骨壺に収めることだ。

三年とか五年とかぐらいしか経っていないので、まだ肉とか腱とかが付いている。

化学繊維もよくないんだ。腐らずにベッタリくっついて、なかなか取れない。

よーく洗うと骨がピカピカになってそれはきれいなものだ。

面白いことに骨折の跡なんかもわかるんだよ。」


「気持ち悪くないのか、ゾンビだなそれは。俺にはできそうにもない。」と私が言うと、

「俺の親だぞ、こんなことなんでも何でもないだろう。」とその友人に怒られた。




「昔は、洞窟になんか死体をそのまま入れて置いた。いわゆる風葬というやつ。

俺が子供の時は、そういうのがまだ結構あったな。

その洞窟なんか入って行くのは、子供ながら多少抵抗があったな。

最近は火葬が多いが、島に火葬場が無いので、火葬場のある島に持っていくんだ。

だけと、フェリーというのは、死体を持ち込んではいけない規則なんで、それで仕方なく、ワンボックスの車に隠して死体を持ち出すんだ。」

「子供の骨の骨洗いもやったことがあってさ。可哀そうにな、なんて思いながら一生懸命洗っていたら、ポキッて折れてしまった。

そのポキッてのが、ずうっと頭から離れなくなって、夢にまで出て来るようになって、大変だった。

骨付きのチキンはしばらく食えなかった。」と彼は大爆笑。



なんでそんなことやるんだ、という私の質問に対しては、

「島は狭いから、次々と土葬していけば墓だらけになるだろう。だからだよ。

また、波打ち際だと台風の時なんか、波の洗掘で死体が出てきてしまうこともある。」

まあ、こんな話だった。






Wikipediaで調べてみたら、「洗骨」という名称になっていた。

また Wikipediaでは、「洗骨の意味は、洗骨されないうちは死者は穢れていて、神仏の前に出られないという信仰があるからとされる。(略)
洗骨という儀式において、実際に骨を洗うという行為は、親族の女性がすべきものとされた。」
とある。



彼が自分で骨洗いをやっているので、彼の島では必ずしも女性の仕事ではないようでもあり、また彼は信仰の話は全くしていなかったが、彼の言う「お墓確保」の面もあるのかもしれない。



その友人とは、先週も飲んだのだが、老後の話で盛り上がった。

狭い日本ながら、まだまだ知らない風習というものはあるものだ。

| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:調査報告
「難読山名サミット」というのがあったとう記事をみた。

いろいろ面白いことを考えるものだ。

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////
 
難読山名サミット始まる 日田市 [大分県]

2013年10月27日(最終更新 2013年10月27日 00時13分)

登山愛好家の間で行われた読むのが難しい山名コンテストで日本一となった一尺八寸山(みおうやま)(706・7メートル)と3位の月出山岳(かんとうだけ)(678メートル)がある大分県日田市で26日、難読山名サミットが始まった。
県内外から集まった愛好家が月出山岳に登山。頂上で200個の風船を飛ばした=写真。27日まで。

 山で退治したイノシシ3頭のしっぽの長さが合わせて一尺八寸あったことから、3尾(みお)をもじって呼ばれるようになった一尺八寸山。
大昔に訪れた天皇が山を指して名前を聞いたところ、首長が山の方角と勘違いして東だったことから「関東」と答え、付いたという月出山岳。

 サミットは、この面白さを地域おこしに生かそうと住民が企画した。

あなたは読めましたか?

=2013/10/27付 西日本新聞朝刊=



/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

読めましたか? と言われても読めるはずもなく、で他にどんなのがあるのよ、とつい気になる。

そこであっちこっちに行って調べてきました。



1位 一尺八寸山(大分県日田市)・・・みおうやま

2位 爺爺岳(北海道留夜別村)・・・ちゃちゃだけ

3位 月出山岳(大分県日田市)・・・かんとうだけ

4位 雲母峰(三重県四日市市・菰野町)・・・きららみね

5位 岨巒堂山(新潟県佐渡市)・・・しょらんどうやま

6位:阿哲台( 岡山県新見市)・・・あてつだい

7位 梅花皮岳(山形県小国町・新潟県新発田市)・・・かいらぎだけ

8位 本富岳(鹿児島屋久町)・・・もっちょむだけ

9位 鰻轟山(徳島県那賀町)・・・うなぎとどろきやま

10位 後方羊蹄山(北海道倶知安町)・・・しりべしやま



1位の一尺八寸山と、3位の月出山岳は、記事の中にそのいわれが書いてあるが、2位の爺爺岳は書いてないので調べてみるとアイヌ語のようである。

4位の雲母峰は、読めなくはないか。

6位の阿哲台は、そのままじゃないの?

ついでに、20位まで。



11位 設計山(北海道北斗市)・・・もっけいやま

12位 万年山(大分県玖珠町)・・・はねやま

12位 父不見山(群馬県神流町・埼玉県小鹿野町)・・・ててみえずやま

14位 山毛欅潰山(山形県小国町・飯豊町)・・・ぶなつぶれやま

15位 皇海山(栃木県日光市・群馬県沼田市)・・・すかいさん

16位 子壇嶺岳(長野県青木村)・・・こまゆみだけ

17位 光岳( 長野県飯田市・静岡県静岡市・榛原郡川根本町)・・・てかりだけ

18位 大根下山(福島県只見町)・・・だいこんおろしやま

19位 行縢山(宮崎県延岡市)・・・むかばきやま

20位 犢牛岳(福岡県赤村)・・・こっといだけ


12位の父不見山は、「てて」というのがなんとも時代を感じさせるが読めなくはない。

いわれとしては、平将門が戦死し、その子がまだ見ぬ父を慕って嘆いたと云う伝説があるほか、他にも諸説があるらしいが省略。

そういえば、「不」を用いた難読地名に、この近辺では横須賀市に不入斗(いりやまず)というのがあった。これも最初見たときは読めなかった。


15位の皇海山は、何か相当すごいいわれがあるのかとと思い調べてみたら、「江戸時代の正保年間の地図には『サク山』とあり、別名として『笄山』と書いて『こうがいさん』と読んでいたという。これが後に『皇開山』と当て字され、開が海に置き換えられ、皇の字がスメと読まれることから『すかいさん』と誤読されるようになった。
」とのことである。

やや期待外れ。




以前、相模原市あたりの難読地名について書いたことがあった。
妙な地名の読み方

この中に平代山(へいたいさん)というのがあったが、さすがにレベルが違った。




「難読山名サミット」による効果はどうだったのだろうか。

「百名山」を制覇した人達が、次は「難読山」の制覇を目指すようになれば面白いか。
| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:調査報告
昨日の地震も揺れた。

津波警報は出るし、またかとヒヤヒヤしたが大した被害は無くてなによりであった。


さて、最近公共施設や道路上に「ここは標高○○m」とか「海抜○○m」とかという看板をチラホラ見かけるようになった。

東日本大震災までは、こんなことにあまり関心が無かったため、東日本大震災以前からあったものか、最近つけられたものかはわからないが、震災以後ではなかろうか。



標高50m以上のところは、とりあえず津波は安心である、という説がある。

この説の根拠は知らないが、東日本大震災でもさすがに50mの大津波はなかったからか。




そんな折「標高がわかるWeb地図」というものを見つけた。

これは、国土交通省国土地理院のサイトで、日本国内のどこでも標高がわかるものである。

下記参照。

ここです




これが結構面白い。遊べる。


さっそく我が家を計測してみる建物のある所は48.3mで、庭の所は51.7m。

概ね50mだが、こりゃまた随分と違う数値である。

実際には、建物があるところと庭はフラットなのだが。


この地図の注釈を見ると、「4つの標高点の値を平滑化して得られる値を利用。このため、計算値は標高モデル(やそのもととなる測定値等)とは完全には一致しません。特に局所的に起伏の激しい場所(切土・盛土)では乖離の度合いが大きい。」とのことである。


我が家周辺は、山を切り開き住宅開発された、まさに局所的に起伏の激しい場所で、それも切土・盛土のオンパレードの土地である。


近所のお宅も計測してみると、やはりポイントを設定した地点の微妙なずれで数値が異なっている。

「平滑化」という手法による計算値がこのような違いをもたらしているものと思われるが、一定の精度はあるのではないか。


で、近所のお宅の数値も参考にして、我が家の標高は、大津波にも安心で切りのいい50mと勝手に決定。



我が家の周辺はアップダウンの激しい地域である。

我が家から駅までの標高を道路に沿って調べてみると、最高58.2m、最低23.8m、標高差34mもある。

これを毎日上り下りしているわけである。

あるテレビ番組で「神奈川県民の特徴として腰痛持ちが少ない。その理由は長距離通勤により電車で長く揺られること、そして起伏の激しいと土地を歩いていること。」というのがあったが、この点では私は典型的な神奈川県民。

ただし、私なんかよりもっとすごいアップダウンがある地域に住んでいる人もたくさんいる。

特に横須賀方面かな。



余計なことながら富士山山頂は3776mではなくこの地図では3772m。

母校の小学校には、標高180mという標識があった記憶があるが、この地図では179m。







このサイトは、これから住宅を買おうかな、なんて考えている人に多少参考になるかもしれない。


でも、例の10mの大津波を考えると、横浜市内の主要地域の横浜駅周辺、関内、みなとみらいあたりは、標高1~2m程度だし、相模川沿い場合、河口から10数キロ離れている海老名の東名高速の下あたりでも標高10m程度。

気にしてもしょうがないか。



| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:調査報告
日経新聞を見ていたら「日経平均大引け、続落 円高を嫌気、「鯨幕相場」は14日間で終了」と出ていた。

日経新聞

何「鯨幕相場」って?
と思い調べてみたら、「鯨幕とは、お葬式に使う黒と白の縦じまの幕のこと。平均株価の前日比プラスとマイナスがほぼ交互に続く状況を鯨幕に例えているのだ。」とのことである。

竹松俊一のランダムウォーク日記


なるほど。

相撲で言えば、白星と黒星が交互に続く状態のことか。


さらに『ウィキペディア(Wikipedia)』で鯨幕を調べると何と意外なことが出ていた。

「鯨幕(くじらまく:「蘇幕」とも書く)は、通夜や葬式など弔い事で使用される白黒の2色で構成される幕である。
名前は、鯨の体が黒と白の2色であること、あるいは黒い皮を剥いだ際の身が白いことに由来する。

白装束にもあるように、日本では古来より弔事には白を用いたが、江戸に入り「弔事 = 黒」とする西欧の文化が流入するにつれて用いられるようになったとされている。

本来は、弔事・慶事に関係なく使用され、皇室では慶事にも使用する。」


『ウィキペディア(Wikipedia)』

神社でも同じらしい。

氷川神社


白黒の幕は弔事のみに使用すると思っていたが、そのような使用方は大正(昭和という説もある)になって葬儀屋が使い始めたため今のように定着したらしい。

知らなかった。

| BLOG TOP |

copyright © 青い鳥はここにいたよ!! all rights reserved.Powered by FC2ブログ