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Author:メイの家
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DATE: CATEGORY:野口英世と横浜
長浜ホールは、旧細菌検査室とともに、長浜野口英世記念公園の中に設置されている。
100席ほどの小さなホールと練習室などがある。

休日には、午前中から落語やクラッシック系の演奏会が行われている。
出演者は若手で無名の人が多いが、入場料も安く家から近いので、私もたまに行くことがある。

また、演奏の練習をしている音が外に聞こえることもあり、ラッシックが好きな私にとっては、得した気分になる。

しかし、ここは緑が多くてよいのだが、駅からは遠いし、住宅以外には周りに何もない。
なぜここにこのようなホールを作ったのか謎である。

詳細はここ

長浜ホールHP

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ホールの中には、やはり野口英世関連の資料が展示されている。
時には「特別展」のようなものも開催されたりする。

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等身大の野口英世。
明治9年生まれの日本人としては、決して小さいほうでは無かったかもしれない。
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自動販売機も野口英世仕様である。
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窓の外は旧細菌検査室。
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なぜここに、横浜高校の甲子園連覇記念の色紙があるのかわからない。
が、この長浜ホールのまん前が、横浜高校の野球のグラウンドがあるので、そのせいかも知れない。
熱心なファンが望遠鏡を持って道路から練習を眺めている。
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かつての地形を再現したジオラマが展示されていた。
海のそばにあるのが、検疫所である。
我が家は検疫所の後ろの山の中にある。
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DATE: CATEGORY:野口英世と横浜
旧長浜検疫所の細菌検査室は、現在の横浜検疫所に隣接している「長浜野口記念公園」の一角に保存されている。

内部は、野口英世関係の資料や、かつて旧細菌検査室で使用されていた機材などが展示されている。
なお、入場は無料である。

この検査室の保存に当たっては、小暮葉満子さんという方が荒れ果てていく野口英世ゆかりの旧細菌検査室を見て、これを保存しようという運動を開始され、それも20年近くもの長い運動の末にようやく実現したという。
詳しくは、こちら

旧細菌検査室

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内部に入るとすぐに、野口英世の胸像に迎えられる。
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入り口付近に、猪苗代町の野口英世記念館のチラシが置いてあった。
このチラシに使われた写真と同じ写真が展示されており、出展はこれか、と納得してしまった。
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野口英世の奥さん。
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細菌検査室での検査の様子。
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これらの古い機材も展示されている。
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横浜検疫所のホームページによると
■安政(1859年) 6 年 6月 横浜港開港
■明治(1879年) 12 年 7月14日 海港虎列刺病伝染予防規則公布
■明治(1895年) 28 年 3月 長浜検疫所設置(現金沢区:長浦消毒所の移転)
■明治(1899年) 32 年 5月 野口英世採用(所縁の細菌検査室を野口記念館として、
平成5年2月横浜市に払い下げ)
■大正(1924年) 13 年 長浜検疫所新築(前年の関東大震災による災害復旧)
■昭和(1938年) 13 年 1月 横浜検疫所に名称変更(厚生省所管となる)
となっている。



検疫所がこの地に作られたのは、伝染病の感染を防ぐために、人里はなれていることが必要であったためという。

この公園はちょっとこぶりの公園であり、犬の散歩の人や小さな子供を連れた人々が気軽に立ち寄っている。
また、付近は保存樹林となっており、緑豊かな場所である。

まさしく隔世の感である。

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横浜検疫所、厚生労働省の出先機関である。
かつては長浜検疫所と呼ばれていた。

横浜検疫所の歴史など詳細はこちら。↓
                 横浜検疫所HP
                   
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私の住むところからほんの少ししか離れていない。
徒歩5分、同じ町内会といってもいいぐらいである。


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ここに野口英世が勤務していたのは、明治32年、それもわずか5月から9月までとのことである。

あしかけ5ケ月にもかかわらず、この地にもチャンと記録が残されている。
業績が云々、という話や、素行がどうの、という話はあるが、「偉人」であると認められているからこそなのだと思う。

我が郷土の偉大な先輩がほんの少しの期間だが過ごした地に私も住む、と多少なりとも感慨を覚える。


横浜検疫所の入り口に建っているレリーフ。
「あなたは永遠に 不滅な母として ここに在る」と書かれている。
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横浜検疫所の敷地内には、野口英世時代のものではなかろうが、古い建物が残されている。
文化財として指定されているのかどうかはわからいないが、意図的に保存してあるのではなかろうか。

ただし、一般公開はされていない。

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下の写真を見ると、この付近一帯は、かつてはこんな風であったようだ。
海岸の直ぐ近くに検疫所がある。
海は埋め立てられてしまったが、山の形は変わっておらず、往時と比較することができる。
なお、一部は湿地帯として保存されているところもある。
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この横浜検疫所の隣は公園となっており、旧細菌検査室が公開されており、資料が展示されている。
そしてまたその隣は「長浜ホール」という公会堂になっており、そこにも資料が展示されている。

ということで、次回は旧細菌検査室。

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