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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:独り言
熊本の地震の模様をテレビで見ていると、どうにも気持ちが憂鬱になってしまう。

天災は忘れたころにやって来るというが、地震、津波、洪水、噴火、山崩れ・・・忘れる前に次から次とやってくる。

まさに災害大国。

といっても、他に行くところもない。




明日は我が身だろうとつくづく思う。

だからといって、防災グッズを準備していること、地震保険に加入していること、家族と落ち合う場所は近所の町内会館と決めていること、ぐらいで、他にはこれといった対策を施しているわけではない。

水や食料も備蓄していた時期はあったが、置き場所にも困るし、常に更新していないと古くなって使用出来なくなってしまうので、結局やめてしまった。

はてさて、どうしたらいいのやら。




倒壊している建物を映像で見ていると、やはり伝統的な工法で建築された古い建物が多いようで、最近建築された建物の損傷は小さいように見受けられる。

鉄筋コンクリート造でも、宇土市役所のように耐震性の脆弱な建物はやはりダメなようだ。

我が家は23年前の大手メーカー製なので多少は持つだろうが、職場の建物は耐震性に問題ありと診断を受けているものの、何の手立ても講じられていない。





それにしても、今回の映像はドローンによって撮影されたものが多く、なかなか鮮明であり迫力がある。

山が崩れた様子や熊本城の様子、そして倒壊した家屋など。

それだけに、被災者の痛ましさも増す。




余震はまだまだ続いているが、徐々に終息に向かいつつあるようでもある。

亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方の一日も早い復興をお祈りいたします。





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DATE: CATEGORY:独り言
すっかり時期遅れの話しだが、相撲のことを書いておきたい。

このところよくテレビで大相撲を見るようになったが、その理由は妻が一緒に見るようになったことが大きい。

以前は「なんでこんなものが面白いのかわからない」と言っていた妻だが、最近は結構面白そうに見ている。

年とともに面白さかを理解してきたのか、単にあきらめたのか、その辺は不明である。




書きたいことは、白鵬についてである。

三月場所、千秋楽の結びの一番、立ち合いの変化で勝負が決まり、白鵬の優勝となったが、観客席から大ブーイング起きた。

観客は単に勝ち負けを見に来ているわけではない。

力のこもった、迫力のある、手に汗握る、ハラハラドキドキの、そういう勝負を見るために高い入場料を払っているのである。

観客が会場を後にするとき「今日は面白かったなー」と、興奮しながら話をするという、そういう光景こそが望ましい。

それが今回はブーイングである。





勝つためは、ルールの範囲内ならどのような手段を講じてもよい、というのはアマチュアやサッカーのワールドカップの様な場合なら良いと思う。

繰り返し試合を行うプロはそうはいかない。

観客あっての競技ある。

大相撲は、国技とか、神事とか言っているが、実態は立派な「興業」である。

従って、相撲協会が「公益財団法人」というのには納得がいかないが、それについては本筋とは関係ないのでやめておく。


立ち合いの変化も、勝負の決まった後のダメ押しも、時と場合によっては大いに称賛を受ける場合もあり得るが、それをやる人によって是非が分かれる。

「興業」ならではの微妙なルールである。

いずれにしろ、観客が喜ぶものを見せられなければ、観客は金を払うことをやめるので、衰退するしかない。

白鵬のみならず、相撲関係者はまずこのことを自覚すべきと思う。





これを踏まえても白鵬は今回のことに納得がいかないであろう。

白鵬はこう思っているのではないか。

「俺が日本人だったらこれほどのブーイングが起きただろうか」、「どんなに頑張っても、日本に帰化しても、日本人と同じ待遇はしてもらえない。」


一月場所に琴奨菊が優勝し、大いに盛り上がった。

その時の十四日目、十五日目の白鵬の相撲は、あまりにもやる気が無いように見えた。

「日本人が優勝するとなるとこれほど盛り上がるのか、俺が何度優勝してもこんに盛り上がったことがあるか」、と白鵬は思ったに違いない。

それが白鵬にやる気を失わさせた原因ではないか。




白鵬は優勝回数だけではなく、八百長問題で相撲協会が大揺れした時も一人横綱として奮闘したし、角界の第一人者としての功績は極めて大きい。

大横綱と呼ばれた人は他にもいたが、これほどの功績をあげた横綱は、他にはいないのではないか。

それでも最後は「モンゴル人」としての評価しか得られない。



白鵬は、相撲が好きだし、日本が好きだ。

でもどんなに奮闘努力しても、最後は「日本人」という見えない壁にぶつかってしまう。

白鵬の悲しさはここにあるように思う。




以上が、この二場所を見ての私の感想です。


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DATE: CATEGORY:独り言
先日、朝のテレビニュースで「スマホの普及率が28%」と言っていた。

これには、驚いた。

もう7割ぐらいになっているかと思っていた。



車の中では、男も女も、老いも若きも、皆一様にうつむいてスマホ、スマホ、スマホである。

覗いてみると、ゲームをやっている人が多い。

電車の中で、新聞、雑誌を読んでいる人は、極々少数。

昔は、読んだ新聞や雑誌を網棚にポンと捨てる人は多かった。

そしてそれを拾って読む、いわば回し読みもよく見る光景であり、私もよくやった。

こういう風景は、携帯やスマホの登場でほぼ消えた。




新聞、雑誌は売れていないだろうと思う。

私も、若いころは毎日のように帰宅途中で、東京スポーツや日刊ゲンダイを駅の売店で買っていた。

今は全く買うことも、売店に置かれている新聞の見出しをチェックすることもなくなった。





8月頃のことだったか、友人のIさんからメールが来た。

「スマホにしたので電話番号とメアドが変わった」というメールであった。

これには、少なからずショックを受けた。

何せ「まだまだ我々はガラケーで行こう」と誓い合っていたのに。




またある時、別の友人と飲んだ時、コンコンとこんなことを言われた。

「我々は、スマホほ持たなきゃいけないんだよ。

3.11の時のような大災害があれば、メンバーの安否確認や被災状況の確認をしなきゃならない。

そんな時、いちいち電話して誰それ無事です、とか伝言ゲームみたいなことやってられないだろう。

メンバーが3~4人ならまだしも、50人とか100人とかになったらどうすんだよ。

A地点が大変だから、近くのB地点に行っているCに応援に行け、という指示が出されたとすると、それが、ラインだと同時にメンバー全員にもれなく情報が伝わるんだよ。

そういう情報が共有化されると、指示がなくとも動けるやつは自発的に動くだろう。」





全くそのとおりだなあ、反論の余地はないなあ、と思いつつ聞いてみた。

「職場の若い女性ともラインで繋がっているの? 嫌がられてない?」




彼の答えは「うん。嫌がられるなー。えーー? 何でそんなことしなきゃならないの?、っていう雰囲気だなあ。」とのことであった。



そして彼はこうも言っていた。

「もう俺たちは年なんだから、意識して新しいことにチャレンジしないと何もやらなくなってしまう。
今やらなかったら一生やらなくなるぞ。いつやるの?ってやつだよ」




全くそのとおりである。

でも、私はまだまだスマホに変更する予定はない。

携帯でさえしょっちゅう家に置き忘れるぐらいだし、それでも不自由ないし。






いや、やっぱりそろそろかな。


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DATE: CATEGORY:独り言
二学期が終了し、娘が成績表と共に、毎月発行されている学校だよりを貰ってきた。

その学校だよりには、生徒会の役員人事が載っていた。

任期は、1月から12月までであるらしい。

普通は4月から3月までだと思うが、3年生は1月以降はいないと同じと考えれば、この方が合理的か。


娘の友達の女の子が生徒会長になっていたので、へえーっと思って見ていたのだが、なんと副会長二人も女子である。

会長、副会長全員が女子かよ。


バランスとして、少なくとも一人ぐらい男子を入れないの?

と、娘に聞いてみると、「やりたい人がやるんだからどうでもいいんじゃない。

それに、男はそういうことやりたがらないんだよ」とのことであった。





我が家に来る娘の友達は、明るく活発で賑やかである。

天真爛漫、キャーキャーとうるさい、とも言える。


一方、息子の友達は、皆一様におとなしい。

4~5人で部屋にこもって、黙々とゲームをしている。

居るのか居ないのかわからない。


なんという落差。







忘年会のとき、ある人が言っていた。

「うちの娘が今年の夏結婚したんだけど、
うちの娘はわがままというか、言いたいことは何でも言う性格で
『面倒くさいので苗字を帰るのは嫌だ』、と言ったら、
相手はなんの抵抗もなく『わかった、僕が苗字を変える』
と返答したらしい。

そして、今度は娘が
『二人の給料ではマンションの家賃を払うのが苦しいから私の実家で生活しよう』と言うと
『わかった、そうする』と言ったらしい。

それって婿養子に来るのと同じだよな。

あんまり心配なので、
お婿さんに俺から『本当にそれでいいのか、大丈夫なのか』って聞いたんだけど、
『はい、それでいいです』という答えだったよ。


『うちはサラリーマンだし、財産はこの家しかないよ』
とも言ったんだがなあ、あんまりそういうことにも関心なさそうだったしなあ。


どうもうちの娘は、職場では「ボス」っていうのが渾名らしい。

最近草食系という言葉があるけど、全くそのとおりだな。

俺の若い頃だったらこんなことありえないな。」




「家の増築もしなきゃならないし大変だ」と言いつつ、

この話をした人は嬉しそうでもあった。




まあやっぱり、男性が元気が無く、女性が元気な時代なんだな。

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DATE: CATEGORY:独り言
今日は不快なことがあった。

他にも書くべきネタはあるのだが、不快なこともまた人生の1ページであり、記録することとした。


初めにお断りしておくが、私は、特定の宗教の信者ではないし、神社にもお寺にも参拝する。
神社のお札やお寺のお守りは持っているが、家の中には、仏壇も神棚もない。
娘の学校はキリスト教系であるし、そういえば私の結婚式はホテルの教会であった。
まあ、なんでもあり状態。




一週間ほど前に、中学の同級生であった女性、Kさんから電話があった。
会えないか、話を聞いてもらえないかと。

二十年ほど前にも一度会ったことがある。
その時彼女は、やはり同級生であるSさんも連れて二人できた。

その時の記憶があり話の内容は聞かなくてもわかるので、断ろうかとも思ったのだが、小さな村の数少ない同級生でもあり一時間程度世間話でもして帰ろうかと思い承諾してしまった。



今日、午前中駅前で待ち合わせた。
元々背の高い女性であったが、久しぶりに会うと横にも大きくなっており、かなりの大きさ。


駅前の喫茶店で話を始めるやいなや、いきなり「日本は滅びる」などと大きな活字の表紙の本を取り出す。

某宗教団体の勧誘である。


二人で話しているうちは、まぁよかった。

ところが、み知らぬアラカンの女性が入ってきて、まくし立てる。


「あなたの生活に不安は無いですか?
この国に不安は無いですか?」


「この国の借金は大変な額ですよ、いずれ破綻しますよ、尖閣列島みてみなさい、
その時家族やローンはどうするんですか、大変なことになりますよ、この国はだめになっています、
でもまだ間に合います。○○上人の教えを聞きなさい」


この手の勧誘は、不安を煽ることを第一とする。
いってみれば、不安と教義のセット販売である。


こうなれば、仕方が無いので、私としては、「全く不安は無い」の一辺倒しか手はない。


ギリシャの借金とは質が違う、
十八世紀のイギリス政府は今の日本よりもっと巨額の負債を抱えていたにも関わらず破綻しなかった、それは対外債務ではなかったからである、
というような、聞きかじった知識を振りかざす。
本当のことは知らない。



また、子供への虐待や親を殺したりする昨今の風潮、社会不安を煽る

「大変な世の中になっているよ、知っているでしょう?」


私としては、相手の土俵に乗りたくはないので、また、つまらぬ知識をふりかざすしかない。
今の日本の殺人事件は、実は戦後最低の数値である。
殺人事件が多く感じるのは、マスコミの報道の量が多いからで、安全な国なのだ。
意図的に、不安を煽るようなことを言うのはおかしい。

と、いうようなことを言っても、相手は畳み込んでくる。


次に相手は、病気の不安を煽る

Kさん本人も乳癌になったそうだが、信仰の力により完治した話、そして中学の同級生で初めて亡くなったFさんの病気も乳癌であった話が続く。
近所づきあいをしていたとか、子供の年齢が同じたったとか。
KさんとFさんの差を強調したいらしい。
つまりは信仰の差を。


病気が治った話は、どの宗教でもよく聞く話であり、否定はできない。
しかし、信仰の力というのは、潜在意識を活用することであるとも言われており、特定の宗教の教義や作法を借りなくとも良いのだ、というようなことを言っても、とても聞いてもらえない。
あたりまえか。



次に来たのは、地震の不安を煽ることである。

「ローンが残っている家が潰れたらどうする、家族が圧死したらどうする」ときた。

私は、人生何があるかわからないが、何があっても、明るくくじけずに立ち上がること、と子供達によく言っている。そして粘り強く生き抜くことを目標としている。

答えにはならないが、とりあえずそのようなことを言い、だから不安は無い、とつっぱりの一手である。






はっきり言って、私は相当腹を立てていた。

冷静なものの言い方ではなかった。

というのも、特にアラカン女性のガチガチぶり、その話し方、話の内容、どれをとっても不快であったので、ついそうなってしまった。
全く人間ができていない。
反省はするが、今となっては仕方が無い。


私が何か反論するたびに「あなたはキリスト教? あなたは幸福の科学? あなたは共産主義者?」と、何らかのカテゴリーというか、色に染めて見ようとする。



一時間、という約束であったが、腹を立て三十分ほどで席を立って帰ってきた。


その帰り際に、携帯で時間を確認した。
私の携帯には、会津の立木観音で買ったお守りの鈴がついており、動かすとチリンチリンと音がする。

その携帯の鈴をを見てKさんは、「ああ、念仏系ね。チリンチリンとなるたびに不幸になるわよ。」と言った。

まあ、彼女は、彼女の実家の近所にある有名なお寺も相当馬鹿にしていたが。





「幸せなのね」と皮肉そうに言れれば、「あー幸せだよ、完璧だよ」と、強がるしかない。



しかし、私ができの悪い頭で、素朴に考えていることは、
その人が幸福であるか不幸であるかは、その人の心のあり方で決まるのではないか、ということである。

他の権威や、他の力を借りてくる必要は無い。







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