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メイの家

Author:メイの家
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DATE: CATEGORY:読書
ウォーキングの最中、トイレ休憩のためにショッピングセンターへ。

用が済んだらさっさと帰ればいいものを本屋さんをウロウロ。

あっちこっち立ち読み。

さて、そろそろ帰ろうかなと思ってふとみるとワゴンの中に古本が置いてあった。

古本屋さんではなく、ごく普通の本屋さんなのだが。



本を買うつもりはなかったのだが、古本の箱入りの鉄腕アトムが置いてあったのでついつい買ってしまった。

古本にしてはちょっと高かった。

税込7800円。記載されていた新品の定価が税別9637円。



子供の頃、断片的には読んものの、最初から最後まで通して読むことなどは、とてもとてもできることではなかった。

今頃になって夢をかなえたということか。
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読まずに老後の楽しみにとっておこうかとも思うが、老眼になって読めなくなるのももったいない。

これから、少しずつ楽しみながら読んでみよう。
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DATE: CATEGORY:読書
藤沢駅前にジュンク堂という書店がある。

大手の書店であるが、神奈川県内ではここだけのようである。

この店を知っている人は、異口同音に「品揃えがマニアック」と言う。

まさしくそのとおりで、誰がこんな本を買うんだ、と思われるような本が沢山置いてある。

おまけに、ベンチまで置いてあるし、立ち読みならぬ座り読みも可能である。




先月、藤沢で飲み会があった。

集合時間よりかなり早く着いたので、やっばりジュンク堂に立ち寄った。

マニアックな品揃えの中でも、私がつい足を向けるのは郷土史のコーナー。

ここで数々の「こんな本誰が買うんだ」という本を買ったが、この日もつい買ってしまった。




「じいちゃんありがとう ~一枚の写真から~、 奥会津 子ども 聞き書き百選1」という本である。

出版社は奥会津書房、金額は千円、自費出版のような体裁の本である。

この本は、数年前から置いてあった。

この本を初めて見たとき、「藤沢市内で誰がこんな本を買うんだ、
会津でも売れないだろう、
どういう方針でこんな本を仕入れてくるんだろう」
と率直に言ってそう思った。

このまま何年も店頭に置かれても売れないだろうし、しょうがないから俺が買ってやるかと考え買ってきた。

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小・中・高校生が、自分のおじいちゃんやおばあちゃんに、昔の写真を見ながらその頃の思い出を語ってもらい、それをまとめるという内容である。

後書きによると「福島県の南部に位置する只見川電源流域振興協議会構成町村(柳津町、三島町、金山町、昭和村、南会津町、桧枝岐村、只見町)に広く募った。」とある。

電力会社から補助金でもあったのだろうか。

それを夏休みの宿題にでもしたのだろうか。

その辺の事情は一切説明がないのでよくわからない。



小学生の文章は短くは素朴であるが何か心を打つ内容に、高校生はさすがに長文で読ませる内容に、中学生はその中間、という感じである。

祖父母からは、戦争にまつわる思い出、友達との遊び、みんなと行った旅行などの思い出が語られ、孫たちはそれを興味深く受け止めている様子がうかがえる内容である。

学校名と名前を伏せて、短いのを少し紹介してみたい。

本当は、文章が長い方のが面白いのだが、ここに書き込むのも時間がかかるので、ほんのさわりだけ。

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「にぎやかな年とり」(小学5年生)


う~ん、これは年とりのばん(晩)だな。30年ぐらい前かな。

そのころは、年とりになっとじいやの兄弟が、子めらつれてとまりに来たもんだ。

多い時は20人も集まってな。ばあちゃん達はごはんごしらえで大忙しだ。

米だってな、1回に2升もたかねと間にあわなかった。

おかずも朝、昼、晩のことだから、もう、何作っていいか分かんなくなったもんだ。

それでも年とりの夜はごちそうが決まっていて、おひらだとか、あらまきざけだとか、ゆべしやようかんも作ったのもだ。

それを食いながら、今年はいろんなことがあったな、来年は、あれやんべ、これやんべなどと話し合ったもんだ。

子めらもいとこどうしがいっぱい集まって、オセロやったりカルタやったり、盛り上がるとカラオケが始まるんだっけ。

今はみんなおとなになって、とまりに来ねえ。

静かな年とりになったなあ。

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この後に、大晦日に10人以上の子供たちや大人達がご馳走を前にして盛り上がっている集合写真が掲載されている。

室内の様子といい、なんとも懐かしさがあふれた写真である。


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おばあちゃんの思い出(中学2年生)


今71歳昭和12年5月17日生まれ。

これは冑中(かぶちゅう)の青年会として東山さ旅行に行っただ。

中学校ぬけて2年ぐらいたった時。

時は、朝5時ごろ出て、行く時はわらぞうりはいて、滝谷駅まで行って、そっから靴にはきかえて、若松駅まで行っただ。

んで、若松駅からバスで東山に行き、あっちでお昼を食べて、仙人風呂って大きな風呂があっんだわ。

そこさ女の人達は入んべって言ったのに、男の人達が恥ずかしから入んねって言って、仙人風呂入んねで見ただけで帰って来ただ。

そのころな、東山っていうと、行くどき若松から山の中を通っていっただ。

今は、若松から家がつながって、どっから東山だかわからなくなっている。

面白がったかって?

面白がったかわい。東山も若松も初めて行っただもん。

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中学校を卒業して2年であるから、昭和28、9年頃である。

東山で撮った集合写真もなかなかいい。

ワイシャツに黒いズボンの男性に対し、ブラウスにスカートの女性は何か垢抜けた感じがする。

私も高校生の頃なら集団で混浴に入るほどの勇気はなかったかもしれない。

今なら喜んで、なんだけれども。





かわいがってくれた兄弟の戦死や家族の病死などのつらい話、
遠い道のりを歩いて通った学校での生活、
雪のため通学ができずに寄宿舎に入った冬期間の生活、
青年会での旅行や修学旅行の楽しい思い出、
今はすたれたであろう地域のイベント、
等々の内容。

話しながらつい泣いてしまうおばあちゃん、それを聞く孫、素朴だがいい内容だと思う。

しかし、作品のひとつひつとに「会津学研究会」という方々の、解説のようなわけのわからないコメントが付いているのは、どうにもいただけない。

どうせ書くならもっとましなコメントを書いてもらいたい。

やっぱり解説などいらないな。

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DATE: CATEGORY:読書
遠距離通勤の中で、ジャレット・ダイアモンドという人が書いた「銃・病原菌・鉄」という本を読んだ。

ベストセラーになった本なので、既に読んだ方も多いだろうと思う。

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その内容としては、
何故ヨーロッパ人が世界を支配するようになったか、
何故新大陸の、昔の言い方をするとインデアン、インディオの人たちが征服され、その逆はなかったのか、
その理由を1万3千年の人類史の中から説明しているものである。


その直接の理由は、銃・病原菌・鉄を持っていたのがヨーロッパ人であったことによるのだが、それでは何故ヨーロッパ人がそれを持ち、旧大陸の人達は持っていなかったのか、という根本の疑問を解き明かしている。

人種的に特別優れていたからではない。

氷河期の終了直後の1万3千年前はどの大陸の人類も皆同じレベルだった。



結局は、ユーラシア大陸は農業に適した植物や家畜化しやすい大型哺乳動物に恵まれていたこと、

そして東西に広がっており農業・牧畜が他民族へ伝播しやすかったこと、

これが人口の増加を招き、社会を高度化させたのがその根本理由ということである。


これらのことを実に詳細に説明しており、なるほどと思うところ多々あった。



で、話は病原菌のことである。

というのも、タイトルにある銃と鉄の話はほとんど書かれていない。


推定2千万人いたアメリカ大陸の人口は、ヨーロッパ由来の病気、例えば天然痘、麻疹、ペスト、インフルエンザなどにより2百年も経たないうちに百万人まで減少。

コロンブスが来た時には先住民が800万いたイスパニョーラ島は、先住民数がゼロに。

ハワイ諸島の先住民は、50万人が8万人に。

約6千人のスペイン人が人口数百万のアステカ帝国を滅ぼしたのは、圧倒的武力もさることながら人口を半減させた天然痘の影響。

インカ帝国も同様。

その他、オーストラリア、フィジー等々のすさまじい事例が列挙されている。



こういった病原菌の発生原因の多くは、家畜に由来しているとしている。

つまりは、人間に伝染しないはず病原菌が、高密度飼育の家畜中で変化適応し、人間にも感染するようになった。

そして、人口密度も高くなっており、あっという間に感染していった。

ヨーロッパ人は長い間病気に晒されていたので、免疫があったが、新大陸の人達には免疫がなかった。



ところで、著者は、ペスト、天然痘、インフルエンザなど特に人類史に大きな影響を与えた病気の発祥地を中国とみている。



そういえば、今、猛威を振るっている鳥インフルエンザも、上海か。

歴史は繰り返すか?

先に免疫を持った中国人が世界を席巻する日も近い?


これだけ医学が進歩し、瞬時に情報が伝達する今日ではそんなことはあるまいが。



著者は、同じユーラシア大陸でも中国ではなく何故ヨーロッパが主導権を握ったか、という点も分析している。

これも地理的要因としており、中国は割合平坦で海岸線も単純であったため人の行き来がしやすかった。

反面ヨーロッパは、海岸線が複雑で地形も険しく、人の移動が比較的困難であった。

これが統一された中国と不統一のヨーロッパを生み出した原因であり、

ヨーロッパは不統一であったがため競争社会が継続し、統一された中国は一人の命令で方針決定されるようになり、これが原因でヨーロッパに負けたとしている。


さて、この理由はどうだろうか。

多少納得できない点もある。

そしてこれからはどうなるのだろうか。

この本では、言語や文字の発達の話など他にも興味深いものがいくつもあった。


こんなどうでもいいことをボーっと考えているのも遠距離通勤の暇つぶしには最適か。

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DATE: CATEGORY:読書
みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意
本屋でこのタイトルを見たとき、なんだこりゃ? と思いつつ、つい買ってしまった。
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観光、グルメ、そしてミステリー、と2時間ぐらいのサスペンスドラマになりそうな、推理小説である。

ええーーー????という点がいくつかあったので、ヤボ、を承知しつつも、ストーリーに触れない範囲で紹介してみたい。

○登場人物
宮沢賢一郎・・・・・大和新聞の記者。東北総局遊軍担当で、産休者の代替で会津若松支局に二週間前に派遣された。
かつては東京本社でスクープをものにする天才肌だが、いろいろあって左遷。女性に大変もてる。
携帯の着メロが春日八郎の赤いランプの終列車。

田名部昭治・・・・警察庁のキャリア捜査官。身長192cm。東大法学部を三番で卒業。なみいる省庁からの誘いを断り警察庁に入る。
現在警視庁捜査二課の管理官。

坂内春香・・・・東京の人だが、仕事に疲れた時昭和村のからむし織の「織り姫」の体験イベントに参加し、昭和村が気に入り住み付く。
その後、村役場職員と結婚するが、すぐに夫は癌で亡くなる。しかし、昭和村が好きで昭和村喰丸に義父母とともに暮らしている。
大和新聞会津若松支局の編集助手。

稲本芳正・・・・奥会津が地盤の与党の大物の二世議員。
父も大蔵大臣を務め、「会津っぽ」いわれた気骨ある政治家であった。


○こんな移動は可能か?
宮沢賢一郎は、昼食に山都でそばを食っている最中に殺人事件の連絡が入り、事件のあった田子倉ダムに車を走らせる。
これは、「河井継之助」と関係があると感じて、河井継之助記念館に立ち寄り見学する。
その後、田島町の警察署で記者会見に立ち会う。
そして、坂内春香を昭和村喰丸に送り、ついでに春香がからむし織を織るところを見学する。
最後に会津若松に帰り、郷土料理店で地酒を飲む。

これがなんと半日の行程である。
ちなみに、山都でそばを食べているときに「SLばんえつ物語号が郡山方面に出発した」とされており、裏づけを採るために時刻表で調べてみると山都駅は12時49分発であった。

距離をマップファンで調べてみると、約280km、平均時速40kmで走って約6時間かかる。
「季節は、3月末、道路の工事が多くてあっちこっちで片側通行である」ともされている。

よほどのスピードで走ったのか?

おまけに、SLばんえつ物語号は会津若松までしか行かない。「会津若松方面に出発した」として欲しいところである。


○因習
このミステリーのポイントでもあるが、昭和33年狩野川台風の際、桧枝岐村では水害に襲われ、作物がとれず「間引き」が行われようとした、とされている。桧枝岐村とはいえ、昭和33年でのこの話は無理ではないのかな?


○現代の因習
奥会津は道路の整備が遅れており、冬季は雪で不通になるところも多い。これでは、冬は病院に長期入院するしかなくなってしまう。
会津の山間部に住む老人は冬場には死を覚悟せざるを得ない。これは現代の間引きだ。

ということで、それこそ昭和33年ごろならば理解できるが、「アメリカ発の金融危機」も書かれているところをみると、今年の3月4月頃の話の設定であり、この論理の展開にも無理があるなぁと思う。


○守旧派対改革派
建設業界において、守旧派は一次下請け、二次下請け、三次下請けという縦系列であるが、改革派は自分の得意分野で集まった横系列のグループ化である。
改革派は新たな時代を切り開くべく画策するが、これが守旧派の反感を買い事件の契機となる。

でもなぁ、既にあるJVとかSPCとか言われるものは、横系列のグループ化じゃないの?
いまさら改革派でもないんじゃないの?


○完全犯罪
死体を完全に消し去るために、岩魚の養殖池に入れてしまう。岩魚は悪食なので何でも食べてしまい、死体は残らない。
おいおいピラニアだって、骨ぐらいは残すだろうよ。まして、岩魚だよ、いくらなんでも・・・・。
いや、死体をミンチにすれば可能か?
でもそこまでしなくとも、奥会津は山ばかりだから埋めたほうが手っ取り早いのでは?


ほかにもいろいろ??の点はあるが、これはフィクションなのだからこの辺にしたい。

グルメの方は、山都のそば、桧枝岐の裁ちそば、こづゆ、鰊の山椒煮、馬刺し、岩魚料理、そして最後はソースカツどんであった。

テレビドラマ化されたときは是非見てみたい。

坂内春香役の女優さんは誰がいいだろうか?
けなげで、かわいくて、お色気もあって、義理人情もあって、その上ちょっと複雑な生い立ちもある、という難しい役である。
楽しみにして待ちたい。

   
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DATE: CATEGORY:読書
かつて私の上司であった尊敬するJさんに、とある酒席で、最近白内障の診断を受けた旨、話した。

数日後、朝出勤すると一冊の本が、職場の机の上においてあった。

それが塩谷信男著「自在力」である。
この本にあるようにして、白内障を直しなさい、ということである。


著者はゴルフにおいて、87歳92歳94歳と、三度のエイジシュート(年齢以下の打数で18ホールを回る)を達成した元お医者さんだそうである。


Jさんに感謝のしるしに、この本の内容を、あまり長くならないように、極めて大雑把に紹介してみたい。

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想念の力
具体的に望むことを強くイメージすることによって、それを達成させる法である。

著者自身これにより白内障や前立腺肥大症を直してしまった例が紹介されている。

「なおりますように」ではなく「もう治った」と完了形で強く想念すること、また、前立腺が治って尿が勢いよくほとばしるさまのように、具体的に明確にイメージすることが必要である。

元医者ということで「前立腺肥大症は手術しないと治らない病気である」という知識があったため、これが想念の働きをじゃまして、治るために時間を要してしまった。知識や疑念が無いほうが効果がダイレクトにでる。

また、この想念法により、開業当初閑古鳥が鳴いていた医院が繁盛するようになったこと、講演会でたくさんの聴衆が集まった話などが、取り上げられている。  

正心
 ・物事をすべて前向きに考える。
 ・感謝の心を忘れない。
 ・愚痴をこぼさない。

これは、毎日のこころがけといった意味である。
心というのは波動であり、テレビが特定の波長にチューニングしない限り受信できないのと同じように、よい波長の持ち主にはよいことが訪れ、悪い波長の持ち主には悪いことが訪れる。

また、「まね」、「ふり」からはいってもよい。金持ちになりたければ、金持ちのつもりで振舞う。そのうち本物の波長がでるようになる。

手当て療法
これは手を患部に当てることによって、自然治癒力を活性化させるもので、古来から行われた方法である。
著者は、東大の医局においてこれを行って病人を治したため、「非科学的」と非難され、東大医局を追放され、そして開業したそうである。

イエスが病人を治した様々な奇跡もこの方法のようである。


調息法

(1)姿勢
  ・背筋を真っ直ぐにして座る。
  ・ひじを直角に曲げて両手を組む。

(2)息法
 ①吸息
   鼻から静かに息を吸い肺の下部まで十分に吸い込む。
 ②充息
   吸い込んだ息を丹田まで押し下げ、丹田に力を込めたまま息を止める。
 ③吐息
   静かに十分に息を吐ききる。
 ④小息
   普通の息を一回する。

 これを25回繰り返す。

 ⑤静息
   25回呼吸し終わったら、丹田に力を込めたまま普通の息を10回する。


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前段の想念法や正心については、J・マーフィ博士(ウィキペディア:ジョセフ・マーフィー)の潜在意識の活用方法と極めてよく似ている。

また、手当てや呼吸法については、野口整体の創始者野口晴哉氏(ウィキペディア:野口晴哉)の手法ともよく似ている。

J・マーフィ博士の「祈り」「瞑想」による潜在意識への刻印方法や、野口整体でいう、「愉気(ゆき)」という手当て療法など、J・マーフィ博士や野口晴哉氏の著作と比較考量してもおもしろいと思うが、ここでは長くなるのでやめておく。

これらは、表現方法や手法に若干の違いはあれども、同じ事柄を示しているに過ぎず、いわば、山頂はひとつであるが、登山ルートが異なるようなものかもしれない。




やり方が正しいのかどうかはよくわからないが、この本にある正心調息法を、就寝前にやってから寝ることにした。

かなり汗ばむし、眠りが深くなるなるような気がする。

また、野口整体でいう「活元運動」にも入ってしまう。

とにかく、「白内障は治った、視力が完全に戻った」と断言して寝ることとした。

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