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メイの家

Author:メイの家
横浜市在住


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DATE: CATEGORY:ラーメン
先週の8月15日16日で娘と会津へ行ってきた。

高速バスは12時頃に到着予定であり、昼食がてら会津若松市内の観光でもしようかと娘と話していた。




しかし、バスが駅前に着いた直後に雨が降り始め、次第に強くなってきた。

スマホで確認すると、会津若松の上空に強い雨雲。

ところが会津盆地の中央から北部には雨雲が全く無い。

会津若松市内の観光は諦め、喜多方市内へ行くことに変更した。
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どんどん雨が強くなってきた。
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電車の窓から撮影したが、隣のホームの電車や表示板さえ見えないほどの豪雨となり、いわゆるゲリラ豪雨というやつか。

瞬間的には50mm/h近い降雨量と思われ、恐怖を感じる程であった。
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こちらは喜多方駅で、スマホ情報通り全く雨は降っていない。

スマホの便利さを感じた次第で、娘にも「へえー、結構使いこなしているじゃない」と褒めてもらった。
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喜多方市内は、少しこじゃれて来た雰囲気も・・・。

ぶらぶらしながら、どこのラーメン屋に入ろうかと物色。
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なんじゃこりゃ、という感じもするが「ラーメン神社」。
初めて見た。
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「上海」は長蛇の列。
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「浜町」は廃業のもよう。栄枯盛衰は世の習いとはいえ、少しさみしい。
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歩いていると「塩川屋」という店があり、入ってみた。

この店はいつできたのか、私には全く知らない店であったが、昔ながらの喜多方ラーメンの店とは異なる雰囲気。
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娘から「えっ、喜多方ラーメンは醤油ラーメンが基本、とか言ってなかった?」とは言われたものの、店内の宣伝を見て、塩ラーメンを注文。
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この塩ラーメンが、シジミのダシが効いた淡麗薄味で何ともうまかった。

最近これほど旨いラーメンを食べたことが無い。

少なくともこの1~2年の間に食べたラーメンの中でナンバーワン。
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娘は、濃厚熟成醤油ラーメンを食べたが、これもあっさりした味で旨かったと、娘の評価も高かった。
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多少の依怙贔屓はあるものの、やっぱりラーメンは喜多方が最高。

あの豪雨が無ければ、この店に来ることも無かったであろうし、何が幸いするか分からない。



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DATE: CATEGORY:ラーメン
会津に帰省した折、西会津町にある「大山ドライブイン」の味噌ラーメンを食べた。

同じ会津の中でも我が実家と新潟県境にある西会津町ではかなりの距離がある。

30~40km程もあろうか。

エンピロさんに誘われていなかったら、こんなに遠くまでラーメンを食べに来ることはなかっただろう。

お礼を申し上げたい。




この西会津町は、味噌ラーメンで町おこしをしているという。

店ごとにいろいろ工夫しているらしい。

この日入ったのは最も評判の高い「大山ドライブイン」。

ドライブインという名前だが、普通の食堂である。

日曜日ということもあってか、丹内は超満員状態。

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前評判にたがわぬ、おいしいラーメンであった。

そういえば、最近うまいラーメンにはお目にかかっていない。

やっばりラーメンは、こういうのでなければいけない。

野菜のシャッキとした感じも、スープの味も、麺も言うことなし。



他にも評判の店はいくつかあるという話なので、いつかまた試しに来たい。


西会津町が味噌ラーメンで町おこしに成功し、大勢の観光客が来てくれれば、楽しい街になるだろう。

そうなることを期待したい。


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DATE: CATEGORY:ラーメン
1月27日の朝日新聞の「ひと」欄に「日本のラーメンの味を伝える中国人」というタイトルで周勤さんの話が載っていた。

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「中国・上海にラーメン店を構えて10年目を迎えた。看板メニューは福島県がルーツの喜多方ラーメン。もちもちの太い縮れ麺としょうゆ味のスープが基本だ。」(以下略)

と書かれている。

その店をやっているのが、周勤さんということである。


喜多方のラーメン屋で食べるのが喜多方ラーメンかと思っていたが、喜多方ラーメンも随分と国際的になってきたようである。


まあ、四川にいかなくとも四川料理は食べられるし、フランス料理、インド料理、タイ料理その他例を挙げればきりはない。


もともと喜多方ラーメンも中国の人が屋台を引いたのが発祥らしいし、元をただせはラーメンそのものが中国伝来である。

いわば、逆輸出か。



周さんたには、ぜひがんばって中国で喜多方ラーメンをもっと広めてもらいたいところである。



でもやっぱり私は、喜多方ラーメンは、喜多方で食いたい。






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DATE: CATEGORY:ラーメン
今から二十数年前
に、川崎市の溝ノ口で仕事をしていた時期がある。

そのころの溝ノ口周辺は、高い建物など無く、少し駅前を離れると畑や雑木林のあるのどかな地域であった。



勤務先の直ぐ近くに小さな長崎チャンポン屋があった

当時は外回りが中心の仕事であったため、昼食時に職場にいることは滅多になかったが、いる時は時々はその長崎チャンポン屋に昼飯を食べに行った。


カウンターしかない小さくて狭い店で、十人も入ると一杯になった。

既に六十歳を大分過ぎた
と思われる大柄なおじさんと、奥さんである小柄なおばさんの二人で店をやっていた。



その店に対する職場の人の評価は良くなかった


味はいいのだが、なにせチャンポンが出てくるのが遅い。


店に12時5分頃に入りチャンポンを注文すると、おもむろに具を刻み始める。
そしてなんだかんだやって、チャンポンが出てくるのが12時45分頃で、店を出るのは当然12時55分頃になってしまう。

チャンポン1杯食べるのに約一時間かかってしまう。

そんなことで、職場の先輩などは、この店にあまり行かなかったが、私と年齢の近い友人などは時々行った。




そして、昼だけではなく、たまには夜も飲みに行った。

つまみは、さつま揚げと煮物とあまり種類は無かったような気がする。


夜の方は、酒やつまみが出るのが遅い、ということは無かったが、客が飲んでいると、そのうちおじさんもカウンターの隅で少しずつ飲み始める。

酔って長崎弁で陽気にしゃべっているうちはいいが、やがて仕事にならなくなり、最後は寝てしまう。


そして、店は一切合財、小柄なおばさんがやることになる。
何か気の毒な感じもした。


昼も夜も値段はあまり安くはなく、客もあまり多くはなかった。


しかし、おじさんとおばさんの人柄のせいか、我々だけはその店に結構いったものだ。

その当時の仲間と飲むと、不思議とこの店はよく話題となった。
みなしきりに懐かしがった。







○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



先週の日曜日、二子玉川に用事があり出かけた帰り、ふと思い出し遠回りをし、溝ノ口に行ってみた。

駅前のあまりの変わりようには唖然とした。
高層ビルが建ち、ペデストリアルデッキでは大道芸をしている人もいる。
随分と変わったものだ。
大都会である。


昔の面影はないものの、道は変わっていない。

小さな長崎チャンポン屋のあった敷地は、大きなビルになっていた。


あのおじさんおばさんも、もうとっくにこの世の人ではないだろうし、あの店があるわけはないな、と思いながらぶらぶらすると、20~30m先に長崎チャンポン屋があり、思わず入ってしまった。


カウンターだけで店は小さい。
店は、おじさんとおばさんとアルバイトの三人。

チャンポンを頼むと、昔のあの店とは違い、出てくるのは早かった。

チャンポンの味は、昔食べたあのチャンポンとよく似ているような気がした。



同じチャンポンなんだから、似ているのは当たり前、と思いつつ、おばさんに「昔、この近くにあった長崎チャンポン屋と同じ店なのか」と聞いてみた。

すると、あのチャンポン屋を譲り受けて、4年前に開業した店だということであった。


あのおじさんのチャンポンの作り方を継承したが、変えた部分もある、味はどうか? と聞かれたので、よく似ていると答えたが、二十数年前のことでよく覚えてはいない。

が、特に具の感じがよく似ているような気がした。
注文を受けておもむろに刻み始めたあの具の感じだ。



あのおじさんも4年前に亡くなったと言う。

私のように昔の店を懐かしがる客が、たまに来るとも言っていた。

チャンポンが1杯1050円で、あまり安くない点もよく似ていた。



あのころみんな若かったなあ。


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DATE: CATEGORY:ラーメン
喜多方ラーメンがブレークして久しい。
全く無名の東北の小都市であった喜多方市が、ラーメンによってその名を全国に知られ、町おこし村おこしのモデルともなり、これを範として、全国の都市でラーメン、餃子やその他のB級グルメによる町おこし村おこしも相次いだ。

事実私の周辺でも、学生時代には「喜多方」という地名を知っている人は皆無であったが、今では、会津地方に生まれ育った私よりも、店の場所や味のちがいなどを知っている人がいるほどである。


そんな喜多方ラーメンなのだが、最近、「喜多方ラーメン」ではなく「会津 喜多方ラーメン」の表示が目に付くようになった。いつごろからだろうか、定かではない。
いまさら、「会津」を冠する必要もないほど、知名度は浸透しているのに、何故か、よくわからない。


横浜・金沢文庫にある喜多方ラーメンの店
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横浜・弘明寺にある会津喜多方ラーメンの店
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そこで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』をみてみたら、「喜多方ラーメン(きたかたラーメン)とは福島県喜多方市周辺で作られるラーメンである。」と冒頭に定義がされており、ピンときた。

「会津 喜多方ラーメン」と表示しはじめたのは、
1 喜多方ラーメンの製造所が、会津若松市にあったりしたら都合が悪い。
2 会津若松市や猪苗代町などの喜多方市周辺のラーメン店も喜多方ラーメンを名のりたい。

いってみれば、喜多方ラーメンの恩恵を、会津全域に及ぼしたい、といったところか。

「喜多方ラーメン」でも「会津喜多方ラーメン」でも、どっちでもいいのだが、味とサービスだけは落として欲しくない。知名度にのっかった、粗製乱造だけはやめて欲しい。



蛇足だか、『ウィキペディア(Wikipedia)』の喜多方ラーメンの写真が、「喜多方ラーメン(山形市)」としてある。

喜多方ラーメンは、今では全国各地にあり、私は四国・松山でも食べたことがあるので、隣県の山形の写真を使ったとしても間違い、とは言えない。
しかし、誰がアップしたか知らないが、写真ぐらい本場の喜多方市内のラーメン店のものを使えよ、と強く言いたい。


参照『ウィキペディア(Wikipedia)』喜多方ラーメン

テーマ : ラーメン - ジャンル : グルメ

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