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メイの家

Author:メイの家
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8月13日帰省をした。

高速バスが予約できなかったため、新幹線を利用した。

新幹線は満杯で、外人観光客が多かったが、日光へ行くのか、皆、宇都宮で下車していった。



外人観光客の多さにはもはや慣れてきたが、郡山で磐越西線に乗り換えて驚いた。

お盆とはいえ、磐越西線の車内の混みようは大変なものだった。

帰省客の他に、大きなリュックを持った登山客、そして望遠レンズを装着した一眼レフを首にぶら下げた人達が大勢乗っており、立錐の余地もない状態。

これまでお盆に電車で帰省したことは多々あるが、これ程の混在は初めてである。



そのカメラマンたちは三脚や脚立も持って、普段は滅多に人が下りない中山宿駅、関戸駅などに三々五々と下車していった。

そのうち車窓から外を眺めていると、踏み切りという踏切のほとんど全てに、カメラマンが張り付いていることに気が付いた。
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何これ?
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初めは何が何だかよく理解できなかったが、スマホで調べてみたところ、旧特急車両の583系が、お盆期間中に郡山・会津若松間を臨時で走るとのことで、そして、私の乗った列車の後に走るらしい。  → こちら
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その車両がこれであるが、この車両のためにこれ程の人が集まるとは、鉄道ファンの行動には驚き以外に言葉がない。
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確かに昔こういう車両が走っていたなー、とは思うものの私にはそれ以上の感慨はわかない。
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以下は、鉄道ファンに交じって会津若松駅で色々な車両を撮影してみたが、解説するほどの知識がない。
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撮り鉄だけでなく乗り鉄も沢山いたのだろうが、幸いなことにその時間帯にはぶつからなかった。

それにしてもこの炎天下の中、鉄道ファン恐るべし、である。

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DATE: CATEGORY:乗り物
8月15日のお盆に帰省した。

今回は一つの計画があった。

子どもの頃には日常的に乗っていたSLであるが、「ばんえつ物語」となって復活してから一度も乗ったことのないので乗ってみるという計画である。

大井川鉄道や真岡鉄道には子供が小さい頃何度か行った。

「ばんえつ物語」も子供たちと妻は、会津若松から津川まで乗車したが、私は車で先回りして迎えに行く役回りだったので乗ったことがなかった。



今回は、時間の関係で会津若松から喜多方間のわずか20km足らずである。

それでも十分楽しめた。



会津若松駅にて。
匂いといい、音といい懐かしが込み上げる。
煤も飛んできた。
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鉄ちゃん達もたくさんいた。
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動画の画質が悪い。
横着して一眼レフをもって行かなかったのが残念。


沿線にも鉄ッちゃんやら家族連れやらで結構人出があった。
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客車内。
客の入りは1/4程度でありあまりよくない。
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窓をあげるここの部分、名前は何と言うのか不明だが、懐かしい。
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昔の急行列車は、もう少し小さいテーブルが付いていた。
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会議室なんかで見かけるが、これは便利。
もう少し大きくてもいいかな。
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故郷の山に向かいて言うことなし、という懐かしの風景。
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車内で配布された記念乗車手帳。
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喜多方駅にて下車。
喜多方以西の森と川が織りなす沿線風景が、それはそれは素晴らしいものである。
やっぱり、全線に乗って、上越新幹線で帰るというのがよい。
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15~17日まで実家にいたが、今年のお盆の天気はよくなかった。
関西では大雨により大きな被害が出てしまった。
早期の復旧を祈りたい。


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今年のお盆も息子と二人で帰省した。

東京・八重洲から高速バスを使ったのだが、今回の帰省にあたって一つやりたいことがあった。



会津バスに乗ることである。

というのは、かなり前のことだが「日経ビジネス」で会津バスの再生物語を読んだからである。

話の内容は省略するが、大震災もあり苦境は続いているようである。



会津バスには随分お世話になった。

会津若松市内、喜多方市内に行くにはよく利用した。

特に子供の頃は。

最後に乗ったのは学生時代か。

昔の時刻表なら今でも記憶している、とっいっても三十分に一本だったからだが。

昔と異なるのは、まずバスの発着場所で、昔は駅前広場であったが、今では駅から少し離れたバスターミナルに全ての路線を集約していた。

本数が激減したから集約できたんで、バスがガンガン走っていた時代は無理だったかもしれない。
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車内は、昔と全く変わっていない。

座席も、両替機も整理券も切符も何もかも同じ。



バスの車内の独特の匂いも懐かしい。

匂いの記憶というのは、なかなか消えないもので、このバスの車内の匂いには感激した。


息子は「博物館に展示してあるようなバス」と言っていたが、まさしくタイムスリップ状態。

停留所の案内をする車内放送も変わらない。

当然録音した人は昔と異なるんだろうが、なんか昔と同じような感じ。

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乗車したのは我々二人だけの貸しきり状態。

タクシーと同じ。

料金は570円、妥当なところか。

私が高校生の頃でも300円以上したような気がする。



車は便利だし、これからますます人口が減少していき、経営は厳しいだろうが、何とかバスを残して欲しい。

我々が乗った路線以外では、お年寄りが何人か乗っていた。

地域の足を存続させて欲しいと切に願う。


    

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母の納骨のため、高速バスを利用して会津に帰省した。

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東北自動車道周辺の風景は、秋たけなわ、という感じで、紅葉の山々に穏やかな西日が当たり、とてもきれいであった。
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郡山から会津に入っていくと、一転、道路周辺には雪が残り、寒々しい風景となった。
さすがに、会津盆地には積雪はなかったが、これからは太平洋側と日本海側の気候の違いが最もよく出る季節である。
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高速バスには、初めて乗った。
高速バスは夜間、というイメージしかなく、帰省は車か新幹線以外の方法は、これまで考えもしなかった。

ところが、調べてみると昼間の本数も結構あり、値段が2500円と新幹線の1/4である。多少狭くて時間がかかってもがまんできる範囲である。

3連休ということもあって、座席は、往きも帰りもほぼ満席であった。


1回の運行経費はいくらなのか。

人件費、高速代、ガソリン代、東京の駐車場代、バスの償却費、事務所経費などなど併せて損益分岐点は、5万円前後というところか。(暇にまかせてバスの中で考えた超いい加減な見積もり)

シーズンオフや平日なども含めて、運行1回につき平均1万円の純利益が上げられれば、1日に5往復させて、10万円。そこに365を掛けると、、、、、と獲らぬ狸の皮算用がはじまる。


高速バスは、大手私鉄が昔からやっていたが、このように盛んになったのには、規制緩和のほかに、インターネットが大きな要因のように思える。
時刻表の確認、空席の確認、予約、支払い、全てパソコンでできる。


バスと運転手を調達し、認可をとって、インターネットを使えば、参入障壁は極めて低くく、誰にでもできるように思える。

このビジネスのこれまでの最大のネックは、集客のための広告ではなかったのか。
広告には、莫大な費用がかかり、これが料金に転嫁され、鉄道との競争に勝てなかったのではないか。

特に首都圏一円に広告を打つなんてことは、どれだけの費用があれば、できるのだろうか。


それが、インターネットの時代では、情報を求める人が勝手に調べてくれる。

よし、高速バスはともかく、自分でも何か他人がやっていないことを見つけてやってみようか、と妄想は膨らむ。



特に、帰りのバスは、高速道路が渋滞して時間がかかり、そんなことでも考えないと手持ちぶたさでしょうがない状況でした。
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